第26話 成り行きの約束

 罪悪感に苛まれる。

 俺って被害者だよな? ネガティブな反応を嗣葉と笹崎先輩から見せつけられ、こっちまで気分が重くなる。

 完全にダメージ受けてんじゃねーか……俺。

 告られ続けるってのも結構キツいな……嗣葉の気持ちが痛いほど分かった、キラキライベントだと思っていたけど、断る度にダメージが蓄積されて行くのだろうか?

 ペダルを踏む足が重い。バイト、行きたくねーな……家に帰って速攻ベッドに飛び込みたい。

 俺は自転車を転がしながら晴天の空を見上げてため息を付いた。

「ミナくーん!」

 通りの向こうで聞きなれた声が聞こえた。霧島さんが背伸びをして、制服姿で俺に大きく腕を振っている。黒髪のショートヘアーを揺らし、トレードマークの大きな黒縁眼鏡の奥の瞳が俺を真っすぐに見つめ、穏やかな笑顔を向けている。

「ヘイ! タクシーっ!」

 腕を空に向けピンと伸ばし、彼女はおどけた。

 俺は車が途切れてから車道を渡って霧島さんの傍に自転車を横付けする。

「お客さん、どちら迄?」

「ワンアップ迄お願いします」

 霧島さんが躊躇なく自転車の後ろに乗って俺の腰に手を回す。

 ギュッと霧島さんが俺にしがみ付き、背中に柔らかい物が二つ当たる。

 うわっ! この感触……、霧島さんは全然気にしてないのかな? 何かスゲー焦るんだけど……。なんか顔が熱くなってきたぞ、だけど霧島さんからは見えないから大丈夫だよな?

 俺が自転車を漕ぎ始めると霧島さんが声を掛けて来た。

「ねえ、ミナ君。ミナ君って『スーパー合体ロボ』得意?」

「えっ? うん、まあ……。最近のは買ってないけど7まではやった事あるよ」

『スーパー合体ロボバトル』……それは日本で放送された歴代ロボットアニメのロボとキャラが大結集したドリステ4のシューティングゲームだ、霧島さんはプレイするのか? 女の子にはあんまり人気が無いような気がするんだけど。

「私、今12やってるんだけど、どうしても先に進めなくて……。だからその……良かったらなんだけど、あの……」

 霧島さんってインドア派だろうから運動神経悪そうだしな、嗣葉なら速攻クリアしてるかも知れないけど。

「12かぁ……12は良く解んないけど上手い人のプレイ動画とかみてコツを掴むしかないんじゃないかな?」

「そ、それはもうやったんだよっ! だ、だけどね、どうしてもクリア出来なくて困ってるんだよ」

「うーん……じゃぁ、ヘルプ呼ぶとか」

「そ、そうだよね! だから――」

「オンラインでフレンド探したら? 上手い人と組めば楽勝じゃない?」

「私ん家、今ネット繋がらなくて!」

「あれって基本オンラインゲーじゃなかったけ? ネットに繋がらないと出来ないよね?」

「うっ! だ、だからっ! 今度ミナ君のお部屋に遊びに行ってもいいかな? 一緒に合体プレイして欲しいんだよっ!」

 リフレインが止まらない。霧島さんの『一緒に合体プレイして欲しいんだよっ!』ってセリフが頭の中で木霊する。

「合体プレイ? 俺の部屋で⁉」

 思わず声が裏返る、変な想像が頭の中を支配して霧島さんが俺のベッドで肌を紅潮させて悶える姿を連想してしまった。

「ダメ? かな?」

 霧島さんが俺の背中にコツンと額を付けた。

「い、いいけど……それくらい……」

「ほ、ほんと⁉ 嬉しいっ!」

 キュッと俺を後ろから強く締め付け、彼女は歓喜の声を上げる。

 グハッ! だ、だから胸っ! 思いっ切り当たってるって! 霧島さんが喜んで体を左右に揺すり、マシュマロのように柔らかい大きな胸が俺の背中にグニグニ当たる。

「じゃあ、いつにしよっか? 今度の定休日とか?」

「えっ? そんな直ぐに?」

「うん! だってドリステ5も発売近いし、早くクリアして次に備えないと」

 まぁ……いいか、次の定休日は夏休みだから多分用事は無い。だけど俺の部屋に女の子が来る⁉ それってヤバくねえか?

「き、霧島さん家じゃ駄目なの?」

「へっ⁉ だ、駄目駄目っ! ぜーったい駄目っ! だ、だってネットに繋がんないんだよ?」

 彼女は俺の提案を全力否定した。

 仕方ない、帰ったら大掃除するしかないか……。

 俺は自分の部屋の惨状を思い出し、遠い目で空を見つめた。


 ◇   ◇   ◇


 ヤバいヤバいヤバいっ! 部屋が汚すぎるんだけど!

 今日、霧島さんが部屋に来るってのに昨晩ゲームに明け暮れて寝落ちしてしまって、全く掃除が出来ていない。

 どうしてこうなった? 昨夜、ニーアブレイクをプレイし終えてセーブポイントを探していたら予期せずボス戦が始まってしまい、俺は徹夜してしまったんだ。だってしょうがないだろ? 回復アイテムや弾薬が少ない上に装備がボス戦に合わなかったんだから、しかもやり直しは3時間分、そんな事になったら面倒くさくて積みゲーになるのは必至、貧弱装備で強敵に挑むしか無い俺は無理ゲーに陥りそうな状況で必死にボスに挑んだんだ! 夜中の3時過ぎまで……。

 確か霧島さん、昼過ぎに来るって言ってたよな? 無理だ……もう11時だぞ、どうすりゃいいんだ?

「と、取り敢えず床を片づけないと!」

 俺はグレーのスウェット姿で床に脱ぎ散らかした服を纏めてクローゼットに放り込む。

「次は掃除機だ!」

 一階の物置にすっ飛んで掃除機を取り出し、階段を駆け上がろうとした時、母さんに呼び止められる。

「悠人、朝ごはんは?」

「ごめん母さん! 今日、人が来るんだ! だから掃除しないと」

「人? お友達? 嗣葉ちゃんじゃなくて?」

「嗣葉なら掃除必要ないだろ!」

「酷いこと言って! 嗣葉ちゃんほど悠人に良くしてくれる娘はいないじゃない。お母さんは嗣葉ちゃんと悠人が結婚してくれればいいのにって思ってるんだから」

「はぁ⁉ 嗣葉と結婚とか有り得ないって!」

「どうして? すっごく可愛いじゃない!」

「下らないこと言わないでって! 俺、忙しんだからっ!」

 俺は話を切り上げて階段を駆け上がる。

「悠人! お母さんこれから出かけるから適当にご飯食べてね? 夜9時前には帰って来るから」

 へっ? 出掛けんの? って事は霧島さんと二人きりじゃないか!

 俺は自室のドアの前で掃除機を持ったまま立ち止まった。

 まぁ、大丈夫か……ゲームやるだけだし……。逆に女の子が部屋に来たのがバレて、下手に母さんに詮索される方が面倒くさい。

 いやいや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない! さっさと部屋を掃除しないと!

 俺は掃除機のコードを引き伸ばしてブラグを壁に挿し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る