第25話 成功?

 ど、どーすればいいんだ……。

 取り敢えず顔を近づけてみる。嗣葉との距離は僅か10センチ、花のようなシャンプーの良い香りが彼女の髪から漂い、俺は無意識に深呼吸してしまった。

 まつ毛長げー……目を瞑っているのに端正な顔立ちなのが分かる、鼻筋が通っていてふっくらとした肌も綺麗できめ細かい。

 嗣葉は無反応な俺に焦れたのか片目を少し開け、こっちの様子を伺い、「何やってるのよ? もっと近づいて!」と囁いた。

 くっそーっ、訳分かんねーっ!

 俺はグッと顔を近づけ、嗣葉と鼻先が触れ合った。

 ピクリと二人の体が反応した……。二人の息が混じり合い、意識が混濁してくる……。

 嗣葉の息遣いが荒くなって来た、彼女は目をゆっくりと開けると「しちゃおうか?」と俺の目を見て甘ったるい声を出す。

 か……、可愛い……嗣葉とキスしたい……。

 靴音が近づいて来る。笹崎先輩は多分すぐそこ、背後の気配と目の前のあり得ない状況に俺は混乱が隠せない。

 フ、フリだ! 笹崎先輩を諦めさせ、今日でこの厄介な任務を終了させれば俺は嗣葉から解放される。

 俺は覚悟を決め、嗣葉の鼻先を避けるように顔を若干斜めにする。

 ドッドッドッと心音が鼓膜に響く。体も脈動しているように思えるのは錯覚か? 俺はまるで無の世界に嗣葉と二人きりで向き合っているように感じる。

 嗣葉の唇が迫って来る。はぁ? 何してんだよっ! ホントに唇が重なってしまいそうになり、俺は体を逸らす。だけど嗣葉の前進は止まらない。

「しようよ……悠……」

 薄目を開けた嗣葉は頬を赤く染め、ほんの少し口を開いたまま俺に巻き付けた腕を締め付ける。

 ちょっ! 本気になるなって! お前、変な気分になってるだろ!

 そりゃ、俺だってこんな事されたらキスしたくなるけど、それはちょっと違うって!

 俺は嗣葉の肩を両手で掴み、唇が触れ合わないように適切な距離を保つ。

 背後で靴音が止まった。

「えっ……! 高梨さん…………」

 笹崎先輩の声が背中から聞こえた。震えた声色に俺は作戦が成功したと確信する。

 背後から見れば絶対にキスしてるようにしか見えないはずだ、だってホントにあと少しで唇がくっ付きそうだから……。

「どうして…………嘘だと言ってくれ…………」

 絶望しているであろう笹崎先輩に嗣葉がリアクションを始める。

「えっ? 笹崎先輩…………」

 大きく目を見開き、俺の顔の横から嗣葉は顔を出し、両手で口を覆う。

 震わせた息を吐く嗣葉のやりすぎ演技に俺は若干不安になった、せっかく騙されてくれてるのに大袈裟な演技に冷や汗が噴き出す。

 嗣葉は俺と一瞬視線を交わし、背中をキュッと掴む。

「笹崎先輩?」

 俺も振り向いて呟いた。

 俺の演技力は如何ほどなのか全く分からないけど、笹崎先輩が俺を悔しそうに見つめているから成功したのかも知れない。

 笹崎先輩は自分の眉間を手のひらで掴んで俯き、「今日の会議は中止だから皆に伝えておいてくれないか」と毅然と振る舞う。

 俺たちを視界に入れず、笹崎先輩は生徒会室の鍵を開けて中に入って行った。

 中から音は聞こえない、嗣葉と俺は少しの間生徒会室の中の様子を伺ったけど誰も居ないかの如く無音が続いた。

「行こ……」

 俺のシャツの袖を指先で摘まんで引っ張り、嗣葉が歩き出す。

 俺は無言で嗣葉の後に続いて歩き出し、彼女の横に並んだ。

 キラッとしたものが嗣葉から落下した。何度も嗣葉は廊下の床にキラキラしたものを落下させると力なく声を絞り出す。

「振る方も辛いんだよ……毎回人を悲しませるから……」

 嗣葉は指先で頬を伝う涙を拭った。

「嗣葉……」

 俺は返す言葉が見つからなかった。

「悠、サンキュ! 助かった」

 彼女は一言俺に告げると、逃げるように廊下を走り出して階段に消えた。

 ミッションコンプリート…………。

 俺の気分もすぐれない、二人の落ち込む姿を見せられたから。

 何で恋愛なんかするんだろう? これで嗣葉と笹崎先輩の間に距離が出来た、告らなければ一緒に会って楽しく会話したり出来ただろうに……。

 人は何故愛を告げるのか俺には全く理解が出来なかった、だけどそれは俺が本当に好きになった人と出会っていないからなのかも知れない。

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