第9話 フリ

「いやいや、無理だって!」

 翌朝、嗣葉は二人乗りをして自転車通学すると言い出し、俺は彼女の家の前で必死に説得していた。

「だって、みんなに見せつけないと」

「先生に二人乗り見つかったら面倒くさいだろ? 一応禁止されてんだし。もしも自転車通学許可剥奪されたらどうすんだよ!」

「ちぇーっ、せっかく楽できると思ったのに……」

 おいおい、目的ズレてるだろ! 見せつけるって自分で今言ってたくせに。

 嗣葉は夏服の制服を着ていた、襟の丸い半袖シャツが朝日に反射して眩しい、スカート丈も夏だからか短くなっていて細長い足がドバッと露出していて見ている俺はソワソワしてしまった、こんなのちょっと動いたらパンツ見えちゃうだろ!

「あーあ、仕方ないか……」

 嗣葉は自宅から自転車を引っ張り出してきて不貞腐れながら俺の横に並べた。

 足を大きく上げて嗣葉が自転車に乗ろうとした瞬間、スカートの中からピンク色のパンツがチラリと見えた。股を開いて乗り込む動きがちょっとエロくて俺は今見た画像を脳内で何度も繰り返す。

「行くよ、悠! ちょっと聞いてんの?」

 嗣葉は俺の顔を除き込み、若干睨みつけた。

「えっ⁉ あ……ごめん」

 嗣葉が先に自転車を走らせ、俺が後に続く。長い金髪を風に靡かせ、振り向いてニコッと笑う彼女の姿に俺の体の中から湧き上がる甘酸っぱい感覚、何だこれ……痛み? いや、違う……。

 俺はその後しばらく、何故か嗣葉の後ろ姿から目が離せなくなってしまった。


 ◇   ◇   ◇


「悠、そろそろ並んで走ろうよ」

 前を走っていた嗣葉が自転車を減速させて横並びになる。そろそろ恋人のフリを始めるってことか……高校が近づき、同じ学校の生徒が多くなってきた。く〜っ! 恥ずかしい……何で俺がこんな事しなきゃならないんだよ? 嗣葉っ! このお礼はたっぷりしてもらうからな。

 人気者の登場に周りの生徒たちの視線が集まる。嗣葉は言わば我が校のアイドル的存在、学年を超えて注目を集める美少女……らしい。

 高校の駐輪場で自転車を並べて停め、玄関へ向かう道すがら嗣葉は俺の腕を軽く掴んだ。

「おい、やり過ぎだって!」

 小声で嗣葉に忠告したが、嗣葉は「これくらいやんなきゃダメだよ」と更に頭を肩にくっつける。

 何だか体中がチクチクする、刺すような視線を男子生徒達から浴びせられ、「嘘だろ?」「やっぱりな」などと二人の仲を詮索している声が聴こえてくる。

 嗣葉にペッタリくっつかれながら校舎の階段を上がり、教室のドアをくぐると先に来ていてクラスメイト達がザワついた。

 嗣葉の友人の木下あずみがズカズカと接近し、「何これ? どういう事? 説明しなさい!」とまるで保護者の如く俺たちを睨みつける。

「あず。実は私、悠と付き合ってたの」

「はぁ? 嘘でしょ? 前、噂になった時、全力否定してたじゃない!」

 木下は長い黒髪を揺らし、噛みつく勢いで嗣葉に詰め寄る。

「いや……なんていうか……その時は照れ臭かったっていうか……」

 嗣葉は天井を見ながら人差し指で頬を掻いた。

「何で? イケメンを振ってこんな冴えない男と? 意味わかんない!」

 おい、木下……本人目の前にして言うことじゃねーだろ?

「いや……だからね……悠は幼馴染で息が合うっていうか」

「ちょっと来なさいっ!」

 木下は強引に嗣葉を引っ張って廊下に消えた。

 早速疑われてんじゃねーか! やっぱり無理あるだろ、俺と付き合ってる設定は。

「おいおい、これはどういう事かな?」

 クラスのリーダー的存在の冴島昴に肩を組まれ、脇腹を何度も小突かれる。たしか冴島も嗣葉を狙ってたはず、ヤバい奴に目を付けられちまった。

「水無月っ! お前、高梨と付き合ってんのか? まさか、もうヤッたんじゃねーだろうな?」

「やってない、やってないって!」

「じゃ、どこまでいったんだよ!」

「いや、どこにも……」

 俺の首に腕を廻しグイグイ締め付ける冴島に、足元がふらつく。

「とぼけてんじゃねーよ! 何でお前みたいなヤローと高梨が……、まさか弱み握って高梨脅迫してんじゃないだろうなっ!」

「何だよその設定!」

「く〜っ! お前! よくも高梨の純潔を!」

 冴島は俺を背後から羽交い締めにして関節技を掛けた。

「痛ででででっ!」

 体が軋む。な、何で⁉ 人気女子を独り占めにするのは痛みがともなうのか?

 その後も俺はクラスの男子からいらぬ可愛がりを受けた。 

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