第10話 勧誘

「悠人、嗣葉ちゃんの話し、たっぷり聞かせてもらうからな!」

 昼休み、博也と購買に昼飯の調達に向かおうと席を立つ。単純な博也は早速恋人のフリを信じ込んだみたいだ。

 今日は何を食おうか……焼きそばパンはもう無いだろうな? 焼きそばパンを手に入れたければ、昼休み開始のチャイムとともに購買ダッシュしないと間に合わない。

 教室から廊下に出ようとした時、制服の背中を誰かに摘まれる感触がして俺は振り向いた。

「悠、お弁当食べよ?」

 上目遣いの嗣葉が照れ臭そうに俺をグイグイ引っ張って自分の席に座らせ、彼女は前の机を回転させて向かい合わせに合体させる。

「嗣葉……俺、メシ買って来ないと無いんだけど……」

「あるよ、ここに!」

 机の真ん中にドーンと大きな弁当箱を出し、嗣葉はニンマリと笑う。

「私の手作りだよ! 悠の為に作ったんだから」

「えっ……マジで?」

 嗣葉は前屈みになって口元を手で隠し、小声で「悠! 嗣って呼びなよ!」と俺に指示する。

「これはこれはお熱いことで……じゃあな、悠人!」

 博也が俺を睨み付けながら一人で購買に向かった。

 嗣葉との恋人偽装が俺の人間関係を狂わせていく、ヤキモチ? 妬み? 嫉妬? そんな負の感情を周りから浴びせられる。

 椅子に座り、風呂敷を解いて弁当箱の蓋を開けた嗣葉に俺は疑いの眼差しを向けた。彩りの良いおかずが満載な美味しそうな弁当……これってお母さんが作ったんだろ?

「な、何よその顔……」

 嗣葉は口を尖らせたが、気を取り直したのか唐揚げを箸で摘み、いきなり「あ〜ん!」と言いながら俺の口元に差し出した。

 げっ! マジかよ? リアルにこんな事する奴いるのか? クラスメイトが遠巻きに俺たちを監視し、一挙手一投足に注目している。

「ん? 何で食べないのよ! ホレホレっ!」

 嗣葉が俺の口の前で箸で掴んだ唐揚げを揺する。

 周りの目が気になってしょうがない、何だか体中が汗ばんで来て、頬が熱くなるのを感じる。

「いっただきま~すっ!」

 突然俺の顔の横に女子の口元が接近して来て唐揚げをかっさらう。

「うわっ!」

 俺は驚きのあまり椅子を鳴らして後ろにひっくり返りそうになって腕を振り回してバランスを取る。

「ちょっと、あずっ!」

 嗣葉が木下を睨み付けた。

「旨っ! 嗣のお母さんの唐揚げ!」

「なっ! そ、それっ、私が作ったんだからっ!」

「嘘、こんな渋いお弁当、嗣に作れる訳無いよ!」

 おいおい! 要らんこと言うなって! お前、友達なのに、嗣葉の取説知らないのかよ?

「はぁ? あず……アンタねぇ!」

 嗣葉が椅子から立ち上がり、木下と睨み合う。

 一触即発の状況にクラスの雰囲気が凍り付く、俺の頭越しに対峙する二人はお互いに顔を近づけ、黒髪と金髪のロングヘアーが良い香りを漂わせる。

「旨いなこれ」

 俺は嗣葉の弁当のおかずを連続で口の中に放り込み、二人の気を逸らさせる。

「嗣葉ってホント料理上手だよな、箸が止まんないよ!」

 ちょっと大げさか? でも、嗣葉の取説では正解なはず。

「でしょ? えへへ、悠ってば分かってるぅ!」

 嗣葉は機嫌を直して席に座り、木下に向かって手を合わせて続けた。

「ごめん、あず。今日は一緒にお昼付き合えなくて……、だからその……帰りお茶してこうか?」

 ウインクした嗣葉に木下が顔を赤らめてプイッと横を向き、「別に怒ってる訳じゃ無いし……」と呟く。

 助かった。木下は嗣葉が大好きで俺から見れば彼氏のように見え、結構独占欲が強いみたいだ、だから今後も俺が恋人を装っている間は突っかかって来ることがあるだろう。

 二人は放課後に寄り道するだろうから俺は嗣葉から解放される。早く飽きてくれればいいのだが……、偽りの関係を見せつけるのは骨が折れる。


 ◇   ◆   ◇


 放課後、俺は金も無いのにこないだのゲーム屋に立ち寄っていた。『ゲームショップ1アップ』、個人経営のこの店は大手に負けない品ぞろえの名店で、俺はガキの頃から足しげくここに通っていて、小遣いの大半をここで消費していた。

 ドリステ5か……俺は予約広告をジッと眺め、有り金の計算に頭を巡らせる。貯金、小遣い、ゲームソフトを売っての金の捻出……。いや、無理だろ……二か月で6万5千円なんて。

「発売、楽しみですね?」

 背後から女性の声が聞こえ、俺が振り向くと同い年くらいの眼鏡女子が店のロゴが胸元に入った青いエプロンを着けて微笑んでいた。

 黒髪ショートカットの彼女は大きな黒縁メガネを掛けていて、眼鏡の奥の茶色い瞳でこちらを見ている、背は少し小さく、あどけない感じがするがエプロンの下には隣の高校の制服を着ていたから高校生なのは間違いない。

「いやぁ、欲しいのは山々だけど高いよね。こんな金額、とてもじゃないけど無理だよ」

 俺は自分の後頭部を擦って苦笑いした。

「そうですか……。ですけどお客様、他のお店では予約完売してるのでもう手には入らないですよ?」

「えっ? そうなの?」

「はい、しかもまだ発売もして無いのに転売ヤーが倍の価格でオークションに出品してる有様で、暫くは入手困難かと……」

 彼女は顔を曇らせた。

「ここではまだ予約出来るんですか?」

「はい、店舗販売限定予約ですので。ご購入に際して幾つかの条件がありますけど……」

「条件?」

「はい、外箱にお客様のフルネームをマジックで大きくご記入頂くのと、ドリステアカウント内の遊んだゲームのプレイ時間が半年で100時間を超えている事がお買い上げ頂ける条件です」

「それなら余裕だよ。あっ! でも無理だから、肝心の金が無いんだ」

「それなら、お客様。ここでバイトしませんか?」

 彼女は俺を見つめ、ニッコリと微笑んだ。

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