第8話 これがデート?
「なに食べよっかなー! こないだはフリポテ食べたし、今日は甘いやつかな?」
自転車の後ろでゆらゆらと体を動かし、しゃべるのを
「自転車漕がないで後ろに乗るのっていいね? 汗かかないし!」
ウシシと背中から笑い声が聞こえる、見なくても分かる嗣葉の表情、こんな時は大抵歯を噛み締めて笑うんだよな。俺の体が汗ばんで来た、これは初夏の暑さじゃなくてこれから起こる事に対しての冷や汗だ、恋人の練習って……いろいろな事が頭をよぎり変に緊張してくる。
ペダルが重い、嗣葉って体重何キロあるんだろ? 50キロくらいか? これは過積載、自転車のタイヤが潰れて路面の凸凹を拾う振動が激しい。
「ちょっと悠! お尻痛いんだけど! もっとソフトに運転してくれない? これはデートなんだから女の子が後ろに乗ってるって意識しなきゃ」
「そんな事言ったって嗣葉が重いからしょうがないだろ? ケツがデカすぎて荷台に収まらないから痛いんじゃないのか?」
「はぁ? たくっ! 一言多いんだって!」
嗣葉は俺の腹肉に爪を立てた。
「痛ででででっ! ちょ、マジで痛いって!」
「だって、傷み付けてるんだもん。デート中に女の子に失礼なこと言うから!」
女の子? どこにいんだよ? と口に出さなかった俺は偉い。
マックテリアに到着し、俺が自転車を入り口の傍に停めていると嗣葉は一人で店内に入って行った。
はぁ? デートの練習じゃなかったのかよ、置いてきやがって。
店内は閑散としていた。さすがに夕方と言ってももう直ぐ夜飯の時間、街中ならまだしも住宅街の国道に面したファストフード店に立ち寄る客は殆どいない。
嗣葉はレジで注文の真っ最中、「――あとチョコパイとイチゴミルク。悠は?」
背中の気配に気づいた嗣葉は振り向いて聞いた。
「ホットコーヒー一つ」
「えっ? ホット? こんな暑いのに?」
「いーんだよ! ホットで」
「1260円です」
笑顔で女性店員が告げると嗣葉はスッとレジの前を俺に譲った。
は? 俺が払うのかよ? 俺が嗣葉に視線を向けると、「練習だよ練習、奢る練習!」と言って歯を食いしばって笑う。
「はいはい、練習ね……」
仕方なく財布を開く。あっぶねー、ギリで足りるくらいしか金入って無かったぞ。こりゃ、本気で嗣葉に何かしてもらわないと割に合わないな。
◆ ◆ ◇
無言でイチゴミルクのストローを咥え、嗣葉は俺と向かい合ってピンク色のボックス席でスマホを眺めていた。プルッとした唇に咥えられた透明なストローに赤い果肉が白に混じって通り過ぎて行く。
「なあ、嗣葉。俺たち何やってんだろ?」
「ん? デートじゃない?」
嗣葉は俯いて、光る画面から目を放さずに呟いた。
「どこがデートなんだよ! さっきからスマホ観てばっかだし!」
「えー? これがデートっぽくない? 高校生のデートなんてスマホ見てるだけじゃん」
画面に指を動かし、俯いて前髪を垂らした嗣葉はストローを咥えたまま話した。
ストローがズズズと音を立て、嗣葉はカップの蓋を取り外してストローで氷の中から果肉を探して吸い込む。
「デート中の女子はそんな事しないだろ!」
「うっさいなぁ、イチゴが勿体無いでしょ? このまま捨てたら何のためにイチゴちゃんが生まれて来たのか分からないじゃない!」
俺と目を合わせるのは文句を言う時だけ、何だこれ? こんなのデートじゃなくてたかりだろ。
「帰っか?」
俺が腰を浮かせると嗣葉は制服の上着を掴んで座らせた。
「何? 怒ったの? 悠はどんなデートがしたかったのかな?」
コの字型のベンチシートにお尻を滑らせ、嗣葉は俺の隣に移動して来た。
「イチャ付く練習しようか?」
ニヤつきながら嗣葉は俺に体を密着させ、頭を肩に乗せた。
「ちょ、嗣葉っ!」
「嗣って呼びなよ、恋人なんだから」
嗣葉、近すぎだろ! 俺は体を逸らし、甘えたフリをする幼馴染と自然な距離を取る。
「何それ? 照れてんの?」
「いや……別に……」
「悠ってさ、私以外の女の子苦手でしょ?」
「何がだよ?」
クソッ! 図星だ。俺は嗣葉を女と見ていなかったから男友達の延長線上にいると言うか、兄弟や家族に近い感覚で接していて嗣葉免疫が出来ているだけに過ぎなくて……実際彼女以外の女子と話すと妙に緊張してしまう自分がいるのは否定できない。
「そんなんじゃ彼女出来ないよー? 今度女友達連れてくるから話す練習しなよ」
「要らねーよ、そんな練習」
「要るよ! 明日からクラスの女子たちにも悠が彼氏だって説明してもらうかも知れないじゃない? その時に上ずった声出されたらカッコつかないでしょ?」
「そんなの嗣葉が説明しとけよ、自分で考えた策略なんだから」
「え〜っ!」
嗣葉は口を尖らせて俺を睨んだ。
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