第7話 練習
「まぁ、タダとは言わないからさ」
嗣葉が俺に馬乗りのままニヘラと笑う。
膝を折り曲げ、制服の短いプリーツスカートからムチッとした太ももを晒した彼女に、俺は邪な感情を抑えようと深呼吸する。
「じゃぁ、ドリステ5で手を打とう」
「はぁ? そーゆーんじゃ無くて」
煙たそうな顔で嗣葉は続けた。
「何かして欲しい事とか無いの?」
嗣葉は俺の胸に両手を載せて前のめりになり、ヒョコッとお尻を浮かせた。
「して欲しい事?」
うーんと俺は額に手を付けて「取り敢えず俺の上から降りて欲しい」と嗣葉を睨む。
「へ? あっ、ごめんごめん」
スッと俺から降りた嗣葉のスカートの中から水色の下着が思いっ切り見えた。
本日二回目の無防備な姿に俺はドキッとしながらも目を逸らして平静を装い、「それと……」と呟く。
「それと? ま、まさか! エッチなこと頼もうとしてないよね?」
ベッドから降りた嗣葉は俺の顔を覗き込んで眉間に皺を寄せる。
「するかっ! てか、いきなり部屋に入ってきたらびっくりするから今度から辞めてくれ!」
「それは出来ない相談だなぁ。だって悠を驚かすのは私の楽しみでもあるし……それともいきなり部屋開けられて困る事でもあるのかな?」
うっ……そりゃ、俺にだって……。俺は困惑してチラチラと嗣葉を見た。
「やだ、マジになんないでよ! 今後ドア開け辛くなるから……」
俺はベッドから身を起こしてあぐらをかき、「と、兎に角、もっと詳しく話してくれないか」と嗣葉を見つめた。
◇ ◇ ◇
「――でさ、みんなの前で『好きです!』っていきなり手紙渡されて恥ずかしいのってなんの! そのあと自転車置き場に行く途中で違う男子にまたコクられて……二連続だよ二連続っ!」
嗣葉は俺の学習机の回転椅子の背もたれを前にして跨るように座り、身振り手振りで大騒ぎ状態。まあ、状況は確かに伝わって来るけどかなりうるさい。
「別にいいじゃないか、それくらい。みんな一回嗣葉に告ったら気が済むんだろ?」
「だって、笹崎先輩みたいにしつこくて諦め悪い人だっているし」
口を尖らせた嗣葉は背もたれに顎を乗せ、ふうっとため息を付いた。
「でも、俺が彼氏役なんかでいいのかよ? 噂が立って迷惑してただろ?」
「いーの! 一回噂になってんだから偽装しても不自然じゃ無いでしょ? みんなやっぱりってなるよ!」
「そんなもんかね……」
「それじゃ、引き受けてくれるって事でいいんたよね?」
椅子の上でピョコっと背を伸ばし、嗣葉は期待感に胸を膨らませているようだ。
「ああ。で、期間は?」
「へ? 期間? それはまぁ……ある程度悠が恋人って浸透してみんなが諦めた頃かな……? まあまあ、そんな深く考えなくていいって! どうせ直ぐに治まるからさ」
嗣葉は急に椅子から立ち上がり、椅子がクルッと回転した。
「じや、早速行こっか?」
いたずらっぽく笑った嗣葉が部屋のドアに向かう。
「は? どこに?」
「恋人の練習するから付いてきて!」
階段を飛ぶように降りて行く嗣葉は「レッツらゴーっ!」と言って玄関に向かい、ドアが閉まる音が家に響いた。
「は? ちょ、ちょっと待てって!」
これから練習ってもう夕方だぞ? 家でゲームやりたかったのにめんどくせーっ!
俺は慌てて嗣葉の後を追った。
外に出ると嗣葉が
「どこ行こっか? 時間も無いし近場でいい? マックテリアとか」
「マックテリア? こないだ買って来てやったばっかだぞ?」
「それは悠のお使いでしょ? じゃなくてデートだから!」
お使い? いや、嗣葉が俺をパシらせたんじゃないかよ。仕方ない、さっさと済ませてゲームの時間を作らないと。
俺は全く乗り気では無かったが、自転車に跨って嗣葉を見た。
「早く行こうぜ、嗣葉も自転車出してこいよ」
ふふーんと怪しい笑顔を見せた嗣葉は俺の自転車の後ろに座って腰に手を廻して来た。
いっ⁉ 何やってんの嗣葉……。急に俺の心臓が激しく脈動を始め、鼓膜に心音が響いて来る。
「練習練習ーっ! 今から私たち恋人だからね?」
ガクガクしながら俺が後ろを振り向くと、嗣葉はウインクして応えた。
か、可愛い……。
い、いや、待て! 騙されるな。こいつは可愛さを装った悪魔だ、ここ数年間嗣葉は俺を便利屋かパシリとしか思ってない、今だってなんだかんだ誘導尋問的に勝手に奴隷契約を結ばされたようなもんじゃねーか!
こうしてても埒が明かない、さっさと仕事を済ませるのが正解。俺は二人乗りの自転車で走り出した。
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