第5話 遭遇

 翌日、午後の教室。

「生徒会クラス役員は高梨さんに決まりました」

 委員長の山岡咲が黒板の正の字を数えて高らかに発表した。

 教室でクラスメイトから拍手を浴びせられ、席から立ち上がって頭を掻く嗣葉。

 優等生っぽく振る舞っていた嗣葉はクラスでの信頼も厚く、こういう面倒な事を押し付けられるにはうってつけの人材。

 軽く周囲に会釈をして席に座ると嗣葉は顔を強張らせているように見えた。

 ありゃ自爆だな? 八方美人が過ぎるから要らぬ誤解を受けて期待に応えようとする。ハッキリ断ればいいのに何やってんだよ?

「それでは高梨さん、今日の放課後生徒会室に選出届を提出するようにお願いします」

「えっ? 今日ですか?」

 嗣葉は困ったような表情を浮かべた。

「はい、書類を提出するだけなので直ぐ終わると思いますけど……どうかしましたか?」

 委員長は首を傾げた。

「いえ、大丈夫です」

 嗣葉はキュッと唇を一の字に結び俯いている。何だあの態度? 相当嫌そうだけど……。

 ホームルームが終わり、放課後になると生徒が一斉に立ち上がって部活に向かう生徒や帰る生徒で扉の周りが混雑した。だけど、ものの数十秒で終点に着いた電車の如く教室の中ががらんどうになり数名の生徒が掃除用具箱から箒を取り出して掃除の準備を始めた。

 そんな中、一人席に佇む嗣葉は病人のようにゆっくりと立ち上がり廊下に向かう。

 大袈裟な奴だな、たかだか生徒会のクラス役員に選ばれたからってこの世の終わりみたいに……。

 俺は嗣葉の後にそっと近づいて声を掛けてみる。

「お気の毒様、何で断らなかったんだ?」

「悠、こっち来て」

 いきなり早足になった嗣葉を俺は追いかけた、何だよ? ひと気の無い所で八つ当たりするつもりか?

 嗣葉は階段を上り始めた、四階建ての校舎から屋上に出る唯一の階段を無言で上がって行く、だけど屋上には鍵が掛かってて出られないはず。

 スタスタと階段を上がる嗣葉のスカートがひらひら揺れ、下から見上げる俺から細くて綺麗な腿裏が覗く。

 階段の踊り場で立ち止まり、いきなり振り向いた嗣葉に俺は驚いて足を止め、落ち着きなく天井を見上げた。スカートの中が見えそうで思わず見惚れていた視線を誤魔化すように。

「生徒会、断れないよ……だって私がやりたいって言ってたんだから」

 床に視線を落として嗣葉は呟いた。

「へっ? そうなの? だったら何でそんなに落ち込んでんだよ?」

「状況が変わったの! 私、生徒会の笹崎先輩にコクられたって言ったでしょ? あの件でちょっと……」

 床の凹みに靴先を入れ、足首を捻りながら嗣葉は歯切れの悪い言い方をする。

「だって、付き合わないんだろ?」

「それでも待ってるって言われて……。私にその気は無いんだけどこのタイミングだから誤解されそうで」

「それとこれは関係ないって言えばいいじゃないか」

 俺の言葉に嗣葉はキッと視線を向け、大きな声を出した。

「そんな簡単じゃないよ! だから、その……。悠も生徒会室に付いて来てくれないかな……」

「あ? まぁ、別にそれくらいならいいけど」

 急に表情が柔らかくなった幼馴染が俺に接近して耳元で囁いた。

「そう来なくっちゃ! 行くよ悠っ!」

 嗣葉はいきなり走り出し、俺を抜き去って階段を一段飛ばしに下りて行く。

 あーもうっ! 何だってんだ? 意味わかんねーな!

 俺は焦って嗣葉の後を追った。


 ◇   ◇   ◇


「失礼します」

 嗣葉は緊張した面持ちで生徒会室のドアを開けた。

「えっ? 高梨さん」

 中から弾んだ男の声が聞こえ、俺は嗣葉の背中から顔を出す。

 イケメン上級生が俺を視界に入れた途端、怪訝な顔でこちらを見つめて来る。確かに格好いい、頭も良さそうだし清潔感があってスポーツも出来そうだ、だけど何か堅苦しい感じがする、若手政治家みたいな佇まいだな。

 さっきまでのさわやかな笑顔はどこに行ったんだよ? 歓迎されて無いのは直ぐに分かるほどの豹変ぶり、生徒会室の中で笹崎先輩が一人デスクに座り、書類に目を通していた。

 これは俺が居て正解、嗣葉をコイツと二人きりにはさせられない。

「わ、私、クラスの生徒会役員になったんです、これ書類ですので……。じゃ、失礼します」

 若干震えた声を出し、嗣葉が逃げるように笹崎先輩に背を向けると、「ちょっと待ってくれないかな? 今後の事も話したいし」と声を掛けた。

 ビクッと立ち止まった嗣葉が見てられなくて俺は助け舟を出した。

「嗣! 一緒に帰ろうぜ、今日は何して遊ぼうか?」

 多分、普通の人には分からない嗣葉の動揺、声色の変化に気付くのは家族と俺くらいだろう。

「君は確か……高梨さんに付き纏っている……」

 おいおい! 付き纏ってんのはそっちじゃねーの?

水無月悠人みなづきゆうとです」

 多分これで俺は笹崎先輩に目を付けられることになる。

「水無月君か……覚えておこう。それより高梨さん、丁度良かった。ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど、いいかな?」

 イケメンが嗣葉を真っ直ぐに見つめて微笑む。

「えっ⁉ 私……」

 上級生に睨まれたくはないが、嗣葉が困っているのを見過ごせない。

「すいません、嗣とこれから行くとこあるんで」

 俺は嗣葉の手を掴んで生徒会室から連れ出した。

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