第4話 決裂
放課後、俺は高校の駐輪場で自転車に跨り、周りを見渡した。
やっぱり来ないか……ま、いいけど。
嗣葉は今日一日俺に近づかなかった。朝一目が合ったっきり、まるで俺が透明になっているかの如く見えてないフリをして。
いつもの帰りなら嗣葉は他の生徒の目を気にしながらも何となく俺の近辺で自転車を走らせていたのだが……。誤解されたくないのは分かる、だからお互い離れて自転車に乗り、周りに居る他の生徒が消えてから並走して帰る。最近はそんなことを繰り返していたが……それは嗣葉が勝手にやってるだけで俺は余り人目を気にはしていないが。
今日は嗣葉も居ない事だしゲーム屋に寄ってみるか、いい掘り出し物があるかも知れない。
◆ ◇ ◆
「ニーアブレイク2966が3800円だと⁉」
超人気ディストピアオープンワールドゲーム、中古でも人気があるため5000円を切ったのを俺は見たことが無いが……。
金足りるかな? 尻のポケットから財布を取り出して中を確認する。一応足りるけど……小遣いは貰ったばかり、今使っちまったら今月はかなり苦しいぞ。
どうする? 買うか? 辞めるか? ほ、保留だ保留っ! 需要が低下してきて安くなったんだ、来月になればもっと安くなる。
俺が後ろ髪を引かれるなか、その場を立ち去ろうとした時、他の客がそのゲームのパッケージを手に取った。
えっ!? やばっ! それは俺のだって! 置け! 棚に戻せ!
超能力者のようにその客に念を送ると、客はパッケージを棚に置いてその場を離れて行った。
それから数分後。
「3800円になります」
買っちまった……金欠なのに……。大きな眼鏡を掛けた若い女性店員からソフトを渡され、嬉しいはずなのに若干の後悔が交錯する。
でもまあ、ずっと気になっていたゲームか格安で手に入ったんだし当分はこれで楽しめるだろう。
店を出る時、ガラス戸に貼られた広告が目に入った、『ドリームステーション5近日発売、予約受付中』
あ! 来月発売だったっけ? 6万5千円ってどんだけ高いんだよ!
貯金を下ろすか? いや、こないだプラモ買ったばっかだし金なんてねーぞ! 何で俺は作りもしないプラモ買ったんだよ、そりゃ1万超えのプラモは勿体ない気がして作るのを躊躇うが、棚に積んでてもしょうがないだろ?
嗣葉は買わないのかな? ドリステ4は発売当時本体を一緒に買ってソフトをシェアしあって助かったんだが……。
いや、あの女はもうゲームなんてしない! 服だのアクセサリーだの下らないことに金を使ってるからな……。でも……取り敢えず聞くだけ聞いてみるか……?
ゲーム屋を出て、いつもより馬力を上げてペダルを漕ぐ、帰ったら速攻ゲームだ! 金は無くなったけど期待しかない。
自宅に着き、ガレージのシャッターを開けて自転車をしまう。汗かいちまった、さすがに飛ばしすぎたか……。
俺がシャッターを閉めようと手を伸ばした時、嗣葉が自転車で帰って来て微妙な空気になった。
嗣葉は自転車を降り、隣で高梨家の黒い鉄製の門扉をスライドさせて開けると自転車を中に押し込む。
「何?」
嗣葉の動きをずっと見ていた俺に、彼女の冷たい声が刺さる。
「い、いや……別に……」
くっそーっ! 無意識に体が緊張している、声が小さくなってしまって格好悪い。
「あっそ!」
まだ怒ってる、確実に……。
「な、なあ嗣葉……ドリステ5買わないのか?」
「はぁ? 買う訳ないじゃない! アンタはまたゲームばっかりやって引き籠もるつもり? ほんとガキなんだから」
ガキ? それはそっちだろ! 手伝ってやったのにまともな感謝も出来ないくせに!
心の中で嗣葉に叫ぶ、この言葉を彼女に浴びせていいのかわからないから……。
俺はモヤモヤしてガレージのシャッターを思いっきり閉めた。
ガッシャーンと大きな音が辺りに響き、嗣葉の体がビクッと跳ねる。
「何? 文句があんなら言いなさいよ!」
「ねーよ、別に!」
俺は嗣葉を視界に入れずに答えた。
フン! と鼻で笑った嗣葉は俺に接近して鼻先を指差す。
「昨日アンタ、私がモテないって言ったよね? 言っとくけど私、高校入学して二か月で三人にコクられたんだから! しかもその一人は校内一のイケメン、三年の笹崎先輩だし! おかげでこっちはみんなにヤキモチ焼かれて大変だっつーの!」
「良かったじゃねーか、付き合うのか? その笹崎先輩って奴と……」
「付き合う訳無いじゃない! もう、断ったし……」
「そーなのか? 嗣葉みたいなじゃじゃ馬を好きだって言ってくれるなんて感謝しかねーのに」
「はぁ? それってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。じゃあな、俺はゲームやるガキだから忙しくてな!」
俺は何だか居心地が悪くて自宅の玄関の前に向かう。
嗣葉が誰と付き合おうと関係ないし、聞きたくもない。
「ちょっと待ちなさいよ悠! まだ話は終わって無いんだからっ! あのね? 私――」
俺は玄関の中に入ってドアを閉めた。
別にゲームをやりたいからって訳じゃ無く、嗣葉との話を断ち切りたかったから……。何だこのソワソワした感覚、上手く会話を続ければ嗣葉と仲直り出来たかもしれないってのに。
その日、俺は気分が乗らずゲームに手を付けなかった。
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