第3話 噂

 今日は朝から暑い、まだ6月なのに30度近くあるんじゃないのか? 空は快晴、太陽の日差しが俺のつむじを容赦なく照り付ける。

 夏服にすれば良かったかな? 今週から制服は夏服が解禁、だけど何だか恥ずかしくて俺は冬服のまま、いきなり夏服に変えてクラスで俺一人だったら落ち着かないからな。

 20分弱自転車を漕ぎ続け、高校に近づくと俺と同じ高校の生徒達で道路が埋め尽くされる。市立景北第一高校、この街の中では上の下ってところの進学校、俺がここを受験すると言ったら嗣葉も対抗心剥き出しで受験すると言い出し、当時学力が足りなかった嗣葉をみんな心配したもんだ。結局俺は嗣葉の勉強を見てやる羽目になり、かなりのプレッシャーを受けたのは記憶に新しい。

 そんな嗣葉は晴れてこの高校に合格し、入学時から一緒に自転車通学していたんだが……。

 ある時から嗣葉は俺と自転車を並べて走らなくなった。まあ、理由はありがちな誤解だった、『俺と嗣葉が付き合っている』そんな噂が教室で流れ始め、彼女は俺と距離を取った。

 地味で冴えない俺と恋人って思われてさぞ迷惑したに違いない。俺と嗣葉の腐れ縁は高校でも一緒のクラスになるという言わば呪い染みた関係、今となっては嗣葉と一生離れられないのではないかと困惑するばかりだ。

 結構夏服の生徒多いな……。半袖女子の白いシャツが眩しい、ウチの高校の制服は上下とも色の濃い紺色、いたって真面目な制服のデザインだけど、女子の白いYシャツは男子高校生には刺激が強い、一番上のボタンを外し、緩めに結んだ赤いリボンが胸の上に乗り、下着の線ががくっきりと見えてしまっていて目のやり場に困る。

 嗣葉の夏服……どんなだろう? いやいや、あんな奴はどうでもいい。俺は脳内に浮かんでしまった嗣葉の画像を頭を振って消去する。

 嗣葉、意外と胸でかかったよな……。

 あーっ! だから消えろって!

 昨日見た嗣葉の下着姿が脳内で再生され、俺は頭をガシガシ掻いた。


 ◇   ◇   ◆


 高校に着いた俺は四階の教室に向かう。一年生は階段が辛い最上階、学年が一年上がると一階下がる、だから二年生は三階、三年生は二階ってことだ。

 一年二組、階段を上がって直ぐの教室のドアをくぐり俺は窓際の自分の席に着くといきなり背後からヘッドロックを食らう。

「うわっ! く、苦しいって!」

 こんな事を朝っぱらからして来るやつはただ一人、クラスメイトで友人の博也ひろやだ。

「悠人、聞いたか? お前いいのかよ?」

「何がだよ? 朝っぱらからウザい奴だな」

「高梨が笹崎先輩に告られたらしいぞ!」

「笹崎先輩って生徒会役員の?」

「知りたいか悠人?」

 腕組みをした博也が眼鏡を人差し指で押し上げ、勿体ぶったようにニヤける。

「いや、興味ねーし!」

 あいつ告られてたんだ……。昨日、そんな素振りは微塵も見せなかったけど。

「はぁ? お前! 高梨嗣葉と付き合ってたんじゃないのか?」

「んな訳ねーだろ! 俺もあの噂立ってから迷惑してるんだ。あんな凶暴女が好きな物好きは貴重じゃねーか、早く付き合って俺との噂はガセだったって証明して欲しい所だよ」

「その割には随分嗣葉ちゃんのこと詳しいじゃないか? あの癒し系の嗣葉ちゃんが凶暴だなんてお前以外誰が知ってんだよ?」

「そりゃ、十数年見てりゃ分かるだろ。嗣葉が癒し系? 冗談だろ? あいつはいっつも叫んだり怒ったり、感情が激しくて厄介なモンスターだよ」

「お前なぁ……男なら誰もが羨む環境にいながら彼女の魅力に気づかないのかよ?」

「あんな嗣葉の姿は幻想だよ、ファンタジーレベルに誇張されてるって」

 あほらし、高校に進学しても誰が告られたとか付き合ってるとか、ほんとどうでもいい。

 俺が制服の上着を脱いで椅子の背もたれに掛けていると教室に嗣葉が入って来て場の雰囲気が一気に明るくなった。

「おはよー嗣!」

「おはよー」

 嗣葉の周りに人が集まり、雀の合唱の如く甲高い声が教室に響き渡る。嗣葉はクラスの人気者、男女問わずアイツを好きな奴は多い。

 癒やし系か……俺が嗣葉を遠い目で眺めていると一瞬彼女と目が合い、咄嗟に目を逸してしまった。

 うわっ、何やってんだ俺……これじゃ俺が悪いみたいじゃねーか。不審者のように体をソワソワさせ何事も無かったように窓の外を眺めてしまうとは……俺は嗣葉が苦手なのかも知れない。

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