第2話 険悪

 嗣葉は慌ててしゃがみ、下着を拾いまくったので俺も手伝おうと手を伸ばす。

「触らないでよっ! 変態! ほんっと恥ずかしい……。アンタは上見てなさいよ!」

「は、はいっ!」

 嗣葉に怒鳴られて俺の体はガチガチに硬直した。いつからだろう? 俺が嗣葉に逆らえなくなったのは……。

 物凄く大きなため息をついた嗣葉に俺の体が萎縮する。

 ヤバっ……俺、嗣葉にビビってる。

「ほんっと使えないわねぇ、アンタに頼んだ私がバカだったか……。でも、お父さんは死んじゃったから力仕事頼めるのは悠だけだし……」

 トーンダウンした嗣葉は立ち上がると箪笥の引き出しを引き抜いて床に積み重ねた。

「これで軽くなったでしょ? 私も手伝うから早くやろ?」

 箪笥を掴んだ嗣葉を見て俺も箪笥に手を添える。

「「せーの!」」

 二人の声が重なり、箪笥が浮き上がる。

「重っ!」

 嗣葉の顔が真っ赤になり、箪笥が彼女の方に斜めに傾く。

「危なっ!」

 俺は渾身の力で箪笥を持ち上げて所定の位置まで移動させた。

「凄いじゃん、悠! 力持ち!」

 嗣葉は手を叩き、体を折り曲げてケタケタと笑った。

「危なかったな、倒れるかと思ったぞ!」

「サンキュー悠、じゃあね!」

 は? なにそれ! もう用済みってこと? 嗣葉は俺に背を向けて屈み、掃除機のプラグを壁に挿した。

「凄い埃……。ん? どうしたの悠?」

 掃除機にスイッチを入れようとした嗣葉が俺に振り向いて不思議そうな顔をした。

「いや……手伝ってやったのに何なんだよ!」

「何が? あ、悠、引き出し戻しといて」

 この女は〜っ! 嗣葉の素っ気ない態度にイライラが隠せない俺はちょっと乱暴に引き出しを箪笥に戻す。

 その時、引き出しの裏からハラリと何かが落ちた気がして俺は床に視線を向けた。

「封筒?」

 俺は引き出しを箪笥に押し込んで水色の封筒を拾い、手首を返して表裏を確認する。

「何だこれ?」

「何? どうしたの? って! ダメぇ!!」

 電光石火の勢いで俺から封筒を奪った嗣葉は「もう! 出てってよ!」と叫んだ。

「なにキレてんだよ嗣葉っ! せっかく手伝ってやったのに! そんなだから男にモテないんだよ!」

 って、俺もキレてる。

「はぁ? 関係ないでしょ! いいから出て行きなさいよ、この役立たず!」

 お互いヒートアップして声が大きくなり、余計な言葉を浴びせ合う。

「ああ、二度と来ねーよ、こんな部屋!」

 俺は嗣葉の部屋のドアを開け、廊下に出ると後ろ手で思いっ切りドアを閉めた。

 バンッ! と大きな音を立てたドアが二人を隔て、せっかくの休日のスタートが台無しになったとため息を付きながら階段を下りる。

 居間のドアが開く音が聞こえ、一階に下りていると嗣葉のお母さんが心配そうに階段の下から二階を覗いていた。

「ごめんね、悠君。嗣は悠君には強く当たるから……」

 半年前、嗣葉のお父さんが病気で死んでからお母さんの体調は優れずいつも顔色が悪かったが、最近は復調してきたみたいで俺は嬉しかった。

「気にしてないですよ、慣れっこですから。それじゃ、お邪魔しました」

 玄関で靴に足を突っ込んだ俺に、嗣葉のお母さんはてんこ盛りに焼き菓子が入ったまだ温かい皿を手渡した。

「これ、食べなさい」

「ありがとうございます。俺、これ大好きなんですよ」

 たまに嗣葉のお母さんが持たせてくれる焼き菓子。俺はこの食い物の名前は知らない、形はホタテ貝が小さくなったような形のカステラみたいな甘いお菓子で、物心がついたガキの頃から今まで何度も貰って食べていた。

 まさにおふくろの味といったところだ、隣の家のおばさんだから本当のおふくろではないけど……。俺の母親はお菓子作りは先ずしないから、これを貰うとテンションは上がる。

 嗣葉との喧嘩は日常茶飯時、今日は結構ぶつかったけどそのうち仲直りは出来るだろう。

 俺は楽観的に休日を過ごした、嗣葉の事など忘れ美少女スポーツカーを育成しながら……。


 ◇   ◆   ◇


 翌日朝、嗣葉は家から出て来なかった。いつもなら8時10分には自転車を押して俺の隣に並び、20分掛けて高校へ向かうのだが……。大体の察しはつく、昨日の喧嘩が原因だろう。相変わらず分かりやすい奴だな、俺は全然気にしてないのに。

 いつも尾を引くのは嗣葉だ、でも、俺は嗣葉の取説を熟読しているようなもんで今回の件なら放置してれば向こうからやって来る。期間は分からないが……速けれは今日の放課後には一緒に帰る、長い時でも2週間が限度だろう、たまにこじらせると一か月超えってのもあるが……。

 勝手に怒ってMAXだった怒りゲージがゼロになれば今まで何だったの? と聞きたくなるくらい普通に嗣葉は接して来る。だが、ここで『何だったの?』と聞いてはいけないが……。聞いたら最後、怒りゲージが再び満タンまで溜まってしまう。

 ホントめんどくせー奴だよ、俺の幼馴染は。

 俺は嗣葉の部屋の窓を眺めながら自転車に跨り、ペダルに足を掛けて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る