俺の幼馴染が何かとうるさい。

みりお

第1話 襲撃

 ドスドスと階段を登る足音が聞こえて俺は目を覚ました。

 瞼が重い、昨晩スマホでゲームをし過ぎたせいだ。

 俺が最近ハマっているゲームはスポーツカーが美少女に擬人化された超人気ゲーム、美少女をレースで勝たせるためにチューニングを怠ることは出来ず、一日三回まで可能なチューニングを夜中にまとめて周回してしまったからだ。

 ダメだ、眠い……今日は学校も休みだし、もう少し寝よ…………。

 俺が頭から布団を被った瞬間、部屋のドアが勢いよく開き、空気が脈動した。

「悠っ! アンタいつまで寝てんのよ! 今日はあたしンちで箪笥ずらしてくれるって約束だったでしょ?」

 甲高い声で俺を布団の外から威圧する侵入者に、脳内アラートが鳴り響く。

 うげっ! 忘れてた、だけど時間は決めて無かったような……。

 カーテンがシャッと開けられ、布団越しにも明るさを感じる。布団の向こう側で大きなため息が聞こえた、というか聞かされたと言うべきか。

「ちょっとアンタ、寝たふりこいてんじゃないわよ!」

 勢いよく布団をはぎ取られ、一気に眠気が吹き飛んだ。

「うわっ! 寒っ! いきなり何すんだよ」

 パンツ一丁で寝ていた俺は身体を縮めて見慣れた侵入者を睨み付けた。

「え? あっ……。な、なっ、何で裸で寝てんのよっ! は、早く服着なさいよ! バカ悠!」

 彼女は顔を赤く染め、口をワナワナさせながら俺の体をチラチラ見ている。

 なぜか中学時代の半袖短パンの体操着を着用し、白いニーソを履いた金髪ロングで悪態をつくお隣さん。

嗣葉つぐはっ! お前こそ何でそんな恰好してんだよ? 朝っぱらから体操着で騒ぐ元気があんならそのまま走ってきたらどうだ?」

「はぁ? 何が朝っぱらよ、もう11時なんだけど! だいたいアンタみたいな冴えない男に見せる服は部屋着で十分だっつーの! 幼馴染に私の可愛い服見せる訳無いでしょ?」

 中学時代の体操着を着た彼女の姿は上も下も体が成長していて窮屈そうだ。

 高梨嗣葉、彼女は俺の幼馴染で勝手に部屋に入るのは当然だと思っている同い年の高校一年生。腐れ縁過ぎて幼稚園から高校まで同じ学校になってしまい、顔を見るのも見飽きた。しかも嗣葉は年齢が増すごとに俺に高圧的な態度で接するようになり、まぁ、可愛げが無い。

 上半身をベッドから起こした俺に嗣葉は部屋のクローゼットを勝手に開け、適当に服を放り投げる。

「早くその貧相な体、隠しなさいよ! 着替えたら直ぐに私の部屋に来ること! いい?」

 嗣葉はベッドに座る俺の前で前屈みになり、口を尖らせて不満を露わにした。

「わ、分かったって……」

 俺が苦笑いで嗣葉をなだめると、彼女は長いまつ毛の付いた二重まぶたの大きな目をパチクリさせ「よろしい!」と満足そうな大きな声を出して部屋を出て行った。

 何なんだよアイツ。寝起きを襲撃され、今日一日が悪い日になるような気がして俺は頭をガシガシ掻いた。

 あーあ、疲れる……ベッドに再び横たわり、ぼーっと天井を眺めて今起きた事を整理する。家具をずらさないと…………ってやばっ! 俺は焦って服を着て彼女を追い掛けた、これ以上嗣葉を怒らせると面倒くさいことになる、ご機嫌斜めを真っ直ぐに戻すには毎度苦労が絶えないからだ。

 家を飛び出して徒歩20秒、俺も勝手に高梨家のドアを開け、「こんにちは、悠人です!」と声を張って靴を脱ぎ捨て、階段を登り二階の嗣葉の部屋に向かう。

 いつもなら嗣葉のお母さんの声が居間から『はーい!』と聞こえて来るんだが今日は聞こえない。まあいいか、昨日も会ったばかりだしキッチンにでも入って仕事をしているのかも知れない。

 俺は嗣葉に文句を言われないように速攻部屋のドアを開けた。

「ひっ!」

 嗣葉の口から息とも声とも分からない音が漏れた。

 花のような良い香りが開け放たれたドアに引っ張られて部屋から漂う。彼女は部屋の中で白いブラとショーツ姿でジーンズに片足を突っ込み着替えの真っ最中で、俺を見るなり大きな目で鋭く睨み付けた。久々に見てしまった嗣葉の体は白くて細く、背中まで伸びた金髪が痩せた背中を隠していて相変わらず華奢だった、だけどお尻と胸が成長していて前屈みだったこともあり、胸に大きな谷間を作っていて俺の目はその一点に釘付け状態。

 数秒間の沈黙の後、俺は我に返って声を上ずらせた。

「違っ! 事故だ事故!」

 あたふたして両手を振り回す俺に、嗣葉は「いいから閉めろ!」と激ギレで何かを投げ付けた。それはまるでピッチャーの牽制球のような素早さで俺には回避出来ず、白い塊が顔面にガンッ! と直撃した。

「そのまま死んで! バカ悠!」

 怒りの籠った音でドアが勢いよく閉められ、家が微かに揺れた。

 顔面がいてえ、俺は彼女の部屋の前の廊下でうずくまって顔を手で覆って転がりまわる。

 失敗した! 失敗した! 失敗した‼

 俺の傍には投げ付けられたであろうドライヤーが転がり、白いプラスチックの破片が幾つか床に散らばっていて、彼は再起不能状態。

 壁に手を付きながら俺は立ち上がり、こうなった事態に頭を巡らす。

 早く来いって言ってたくせに、なに着替えてんだよ? 意味わかんねーし!

 ノックしなかった俺も悪いかも知れないが、嗣葉だって俺の部屋にはノック一つしないじゃねーかよ!

 だから俺は悪くない!

「嗣葉、着替え終わったか? 入っぞ?」

 俺は平静を装い、ドアノブに手を掛け、耳をそばだてて部屋の中の様子を伺う。

「ちょ! まだ終わって無いって! 入ったら殺すからっ!」

 殺意のある声に俺はたじろぎ、ドアノブの手がピクリと震えた。

 相当怒らせたみたいだ、こんな声を聴いたのは半年、いや、一年ぶりくらいか?

 たかだか下着姿を見られたくらいでそこまで怒らなくてもいいだろ! お前だってさっき俺の裸見たじゃねーかよ。数年前まではブラさえ付けないで俺に体晒してたくせに……何を今更騒いでんだよ。

 だけど嗣葉……いつの間にあんなに胸、膨らんだんだ? 着痩せするタイプか? 結構大きかったぞ……。

 脳裏に嗣葉の下着姿が焼き付き、ドキドキが収まらない。幼馴染の体が完全に女に変化していたのを今更ながら思い知らされる。

「入りなよ、悠!」

 低い声が部屋の中から聞こえ、俺は遠慮がちにドアを開けた。

 色の濃い紺のジーンズに白いシャツを着た嗣葉は頬杖をついてベッドに腰かけ、不満げに俺を睨んでいて、ちょっと怖い。

「嗣葉、ごめん。まさか着替えてるとは思わなくて」

「アンタが体操着をバカにするから着替えてたのっ! まったく、ノックぐらいしなさいよね!」

 お前がそれを言う? と口から出かかったが、これ以上炎上させたく無いから堪えるとするか。

「あーあ、最悪っ! 私のブラ姿を初めて見た男が悠だなんて」

 腕組みをしてジト目を浴びせてくる嗣葉の怒りはまだ収まっていない。最悪の場合、この怒りをひと月継続させる事が出来るレアスキル持ちだ、めんどくせー。

 だけど俺も『なだめる』というスキルを彼女のおかげて取得済みだ。

「嗣葉って体、細いよな」

 女子なら痩せていると言われれば悪い気はしないはずだ。さあ、調子に乗るがいい。

「はぁ? キモ! やっぱりエロい目で見てたんだ! やだっ! 私をオカズにしないでよね!」

「す、するかっ! お前バカだろ?」

「はあ? バカって何よ!」

 嗣葉はベッドから立ち上がって、つま先立ちで俺を威嚇する。

 うわっ! めんどくせー! 早くやることやって自分の部屋に戻りてぇ。

「箪笥動かせって言うけど、どうすれば良いんだ?」

「こっちの壁からそっちに移したいの! 早くやって」

 金髪ロングの現場監督が腕で場所を指し示す。

「はいはい」

 俺は嗣葉の指示通り箪笥を少し持ち上げる。

「重っ! 無理無理! 嗣葉も手伝ってくれよ!」

「アンタ、か弱い女子にできる訳ないでしょ?」

「重くて無理だって! 床が傷ついちゃうだろ?」

 軽くしないと動かすなんて無理だ、フローリングが傷むぞ。そんな事になったらまた嗣葉が怒るに決まってる!

 俺は箪笥を軽くするために引き出しを抜きにかかる。

 小さい引き出しを抜いたとき、継葉は絶叫した。

「そこはダメっ!」

「えっ!?」

 いきなり大きな声を出した嗣葉に俺は驚き、手を滑らせて引き出しの中身を床にぶちまけた。

「ご、ごめん……うげっ‼」

 部屋の床に散らばった色とりどりのブラとショーツ。

 かわいい柄の下着たちに床一面が花畑と化す。

「あーっ! もうっ! アンタほんとバカでしょ!」

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