別れ

その日の夜、僕は牛丼屋に居た。牛丼が大好きという訳でも無いが、とにかくコストパフォーマンスが良い。ワンコインでお釣りがくるのに、これだけの味。とは言え頻繁に来るので、今日はせめて店だけでも変えようと、違う場所にある同じチェーン店で食べていた。

「いらっしゃいませ」

店員の元気な挨拶。客が来ると、どんな人が来店したのかと、いつも僕は無意識に入口を見てしまう。

「あっ!」「おっ!」

そこには1ヶ月振りに見る化け物の姿があった。彼は会釈をしながら近付いてきた。

「お久し振りです」

「久し振りだね。ここ座る?」

僕は自分のテーブルの前を指差し言った。

「良いんですか?」

「どうぞどうぞ」

彼は遠慮がちに座るなり呼び出しボタンを押した。直ぐに店員がやってくる。

「牛丼大盛りに生卵付けてください」

「かしこまりました」

ドキッとした。今日を含め、僕がいつも頼むのと同じメニューなのだ。牛丼と生卵のように、実は、僕と彼は相性が良いのかも知れない。ただ、僕は並盛なので、ほんの少しだけイラッとした。僕は彼に問い掛ける。

「今日ってバイト休みだったの?」

「はい。土日は休みを貰ってるんです」

飲食店で土日休むバイトがいるかよ! と突っ込みかけたが、彼にも事情があるかも知れないし自重した。

牛丼を食べながら彼は暗い雰囲気で話し出す。

「ちょうど、お話したい事があったんです」

「ん? 何かな?」

「実は今日、自分の星に帰ろうと思うんです」

「え? 今から?」

僕はあまりの急展開に頭が追いつかない。

「はい。最期に大好きな牛丼を食べて帰ろうと考えていたら、偶然、あなたにお会いしたんです」

「そうか……最後に会えたのは嬉しいけど寂しくなるね……」

「そうですね……。親孝行してあげないといけないんで」

「そうなんだ。良い心がけだね」

素晴らしい。化け物だからと言ってあなどっていた。地球を乗っ取ろうとしたのも、何か特別な理由があってのものかも知れない。42歳にもなって仕事もせず親のすねをかじっている僕とは大違いだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


まばゆい光が夜空を照らした。僕は、化け物の宇宙船が地球外へ出たのだと理解した。目を閉じると僕のまぶたの裏には彼との思い出が蘇ってきた。

地球を守る為に戦った事……

『モーストロ』でのランチで起こった様々な出来事……

牛丼屋での夕食で言われた衝撃の告白……

遊園地のコーヒーカップを2人で回しすぎて気分が悪くなった事……

死の峠をドリフトで攻めた事……


いつの間にか、僕の頬を涙が伝っていた。

あれ? でも、よく考えると違う友達と記憶が曖昧になっているかも知れないと気付いたが、感動の邪魔になるのでかき消した。


「また会えるわよ」

僕がビクッとして振り向くと、椅子に座り、ミニスカートから格好良く組んだ長い素足を覗かせ、長いウエーヴの髪をかき上げながら僕に微笑む巨乳のエリカが居た。いや、初対面だけど多分エリカなのだろう。だって、ピンクのハートに黒字でエリカと書かれた名札を付けているから。

彼女は、ふ~っとタバコの煙を吐き出した後、言う。

「きっと、また会えるわよ。いつか夢の中でね」

お前誰だよ! といつもなら突っ込んでいる筈だが、あまりの妖艶さに見とれてタイミングを逸した。

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