喪失感
僕は今、河原で散歩をしている。毎日9時から10分程度歩くのが日課だ。昼の紫外線を浴び過ぎると肌に悪いが、朝の紫外線であれば肌への刺激が強すぎず、セロトニンという幸福ホルモンが分泌されるのだ。更に、夜にメラトニンという睡眠ホルモンの分泌量を増やしてくれる効果もあり、ぐっすりと眠りにつける。だから、ここ10年程は毎朝の散歩を欠かしていない。仕事? まあ、その辺は色々あってね……。
久々に『モーストロ』へ行こうかな。
最初こそ『モーストロ』へ毎日のように通っていたが、化け物のサービスが素晴らしいとは言え、さすがに同じ料理ばかりだと味にも飽きてくる為、次第に足が遠のいていた。違うメニューもあるだろ? と思われるかも知れないが、僕は気に入ったメニューを変更したりしない。
車や時計をコロコロ変えたりする男性は浮気性だと言うのを聞いた事はないだろうか? 全くその通りで、女性に対しても同じ行動をとる。時と場合によって車や時計を変える男性なんて最悪だと思って正解だ。だから、僕は気に入った女性を変更したりしない。毎日、彼女の事しか考えないぐらいの勢いで接するんだ。え? それで好きじゃなくなったら意味がないって? まあ……確かにそうかも知れない。でも僕は嫌いになったりしないからね。彼女が毎日何をして、どんな人と交遊しているのかを知る事が大事だ。え? スマホをチェックすれば大体の事は分かるだろ? マナー違反? そんな法律無かっただろ? 待てよ? だから今まで、「重い」とか言われて、僕から女性が離れていったのか?
徒歩で『モーストロ』に到着し、店内に入る。土曜日とは言え、開店直ぐの11時半過ぎだった為、客は
「いらっしゃいませ」
店員の挨拶の声で違和感の理由を理解した。化け物が居ない。いつもであれば店に入ると同時に心地よい挨拶が耳に届くのだが、今日はワンテンポ遅かったのだ。
「あ、いつもので」
「えと……いつものと申しますと?」
「あ、ごめんなさい。パスタランチとピザお願いします」
化け物が居ない事に気を取られ、顔馴染みでもない店員に「いつもの」と言ってしまった。そもそも、僕がこの店に来るのは1ヶ月振りだ。化け物の彼でも僕がいつも頼んでいるメニューなんて覚えていないかも……いや、多分彼なら覚えてくれているだろう。
サラダ、パスタ、ピザと運ばれてきて、僕は順番に頬張っていく。もちろん美味しい。だけど、何か物足りない。
ラーメンに餃子が無いかのように……。
梅の絵にウグイスが居ないかのように……。
僕の心にポッカリと穴が空いたような感覚は『モーストロ』に彼が居ないからだと確信した。
僕は立ち上がり、レジへ向かおうとした時、店員に声を掛けられる。
「お客様すみません。ジンジャエールをお出しするのを忘れていました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます