ランチ

あ~、お腹空いた。


僕はスマホで先程のイタリアンの場所を調べる。ここからは3キロぐらいだ。徒歩で30分ぐらいなので、ちょうど良いなと思った。何がちょうど良いかと言うと、お腹が空いたと感じてから、30分ぐらい待たされるのが最も美味しいと感じられるからだ。行列のできる店が継続して繁盛しているのは、ここにカラクリがある。それ以上だとイライラしてしまい美味しく感じられなくなるので、30分ぐらいがちょうど良いのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


遂に、トリコロールカラーでいかにもイタリアンだと分かる『モーストロ』という看板が見えた。だが、僕は入口付近を見て愕然とした。並んでいる……。3組程度だが、待っているグループがいるのだ。失敗したと思った。今、考えれば当たり前の事だが、予約の電話を入れてから来れば良かったのだ。後悔先に立たずとはこの事だろう。だが、仕方無い。僕は店に近付き、入口にあるウエイティングリストに名前を書こうとしたその時だった。

「いらっしゃいま……あっ!」

「おっ!」

僕は目を疑った。先程の化け物が店員として働いているではないか!

「先程はどうも。お1人様ですか?」

「あ、ああ……これに名前書けば良いのかな?」

「いえ、お1人様でしたらカウンター席が空いていますので、お先にお通し出来ますよ」

「あ、そうなの?」

「はい。では御案内します」

満員の店内の中、化け物は1つだけ空いたカウンター席へ僕を誘導すると、直ぐに水の入ったグラスを持ってきて話す。

「こちらがメニューです。御注文がお決まりになりましたら、お声掛けください。因みに、パスタランチにピザがお薦めとなっております」

何と! 元々その注文をするつもりだったが、化け物に薦められて決め手になった。

「あ、じゃあそれで」

「ありがとうございます。パスタランチとピザですね。お飲み物は何にされますか?」

「ジンジャエールで」

「かしこまりました」

化け物は丁寧に御辞儀をするとキッチンへ入っていった。

正直驚いている。こんなにテキパキと出来るヤツだったとは……。それに、皆は化け物を見て驚かないのだろうか? ただ、愛想の良い感じて接せられたら、ゆるキャラに見えなくもないのかも知れない。

その後、サラダ、パスタ、ピザとジンジャエール、と良いタイミングで出てきた。しかも、良い待ち時間の相乗効果でメチャクチャ旨い。特にピザが格別だった。個人的に、ジンジャエールとピザの組み合わせは最強だと思っている。ピザと言えばジンジャエール、ジンジャエールと言えばピザだ。

これは常連客になっちゃうかもなと思った時、化け物が申し訳無さそうに近付いてきた。

「先程は御迷惑をお掛けしました。これ、宜しかったら使ってください」

化け物は僕に1枚の紙を渡すと一礼をして仕事に戻った。何だ? と思いながら渡された紙を見る。

『500円割引券』

化け物の気遣いに僕は感動さえ覚えた。完全に今日の戦闘の事を水に流すと決めた。更に、何度も殴ってしまって申し訳無かったという気持ちもあり、じんわりと涙が溜まっているのを感じた。しかも、店に対する税抜表示の件も金額的にチャラ以上だ。こんな良い店は無いだろう。僕は来週も……いや、明日来てしまうかも知れない。

僕は幸せな気分で席を立とうとしたが、自分にも何か店にお返し出来る事があるんじゃないかと考えた。友人達に、この店を紹介するのは当たり前として、他に何か出来ないだろうか? 僕の頭では直ぐには思い付かないが、もしかすると、そう考える事が既に恩返しなのかも知れない。

取り敢えず、回転率を上げる為に早めに席を立ち、レジでスッと支払いを済ませる事ぐらいしか思い付かなかったので先に消費税分をスマホで計算し、1,980円の伝票と1,678円と500円割引券を準備してレジへ向かった。

僕がレジへ向かう姿を確認した化け物は直ぐにレジへ来てくれた。何て素晴らしい、店員の鑑だ。

「御馳走様、美味しかったよ」

普段の僕なら絶対にこんな事は言わない。完全にテンションが上がりきっている。

「ありがとうございました。またの御来店お待ちしております」

化け物は丁寧に御辞儀をしながら礼を言った。僕は伝票を化け物に渡す。

「1,980円ですね」

「じゃあ、これで」

僕は準備済みのお金と割引券をキャッシュトレイに置いた。それを見た化け物は僕の目を見て申し訳無さそうに言う。

「すみません、割引券の使用は2,000円以上からなんですよ」

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