正義のヒーローの僕が世界を救った時の話

ジャメヴ

化け物

「どうだ、参ったと言えば許してやろう」

僕は地球を乗っ取りに来たという化け物を倒し、決め台詞を言った。

「バカな事を言うな」

化け物はゆっくりと起き上がり、まだ戦う意思を見せた。

「力の差は歴然だ。僕もお前を殺したくは無い。諦めて自分の星に帰るんだな」

「バカな事を言うな」

その台詞2回目だぞと思ったが、良い雰囲気を壊したくなかったのでスルーした。

「じゃあ、殺すしかないな……」

実は、殺すつもりなんて無い。化け物とは言え、殺すのはヒーローとしての僕の美学に反する。

「しょうがない……本気を出そう……オオオオ!」

化け物は大声で力み始めた。

「私に変身させた事を後悔するんだな! オオオオ!」


ゴチン!


僕は化け物の頭に思いっ切り右拳みぎこぶしを振り下ろした。

「ぐううう……」

化け物は頭を押さえて悶絶する。

「どうだ、参ったと言えば許してやろう」

僕は決め台詞を言った。化け物は開いた右手を前に出し言う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。変身するまでは攻撃しないでくれ」

おかしな事を言う化け物だと思った。

「何を言っているんだ? そんな望みが叶えられるなら地球を譲ってくれって言った方が早いぞ?」

「いや、まあそうなんだが……空気を読んでくれよ」

先程、空気を読んで突っ込まなかった僕に何を言っているんだと思った。育ってきた環境が違うからか、会話が噛み合っていない気がしてきた。勝負は決しているのだから、空気を読んで早く降参して欲しい。

「変身した私と戦ってみたくないか?」

僕としては早く降参して欲しいだけなんだけど、変身した後に倒せば降参してくれるなら待つしかないのかと思った。

「分かってくれたか……オオオオ!」

化け物は再度、大声で力み始めた。

「私に変身させた事を後悔するんだな! オオオオ!」

後悔するも何も、お前が変身させてくれと懇願したんじゃないかと思ったが、良い雰囲気を壊したくなかったのでスルーした。

変身って時間掛かりそうだなと思った時、そう言えば、ここに来る前にイタリアンの新しい店が出来ていたので、ランチはそこにしようとスマホで調べる。思ったよりも安い。パスタランチにピザを付けても2,000円を切るようだ。


「待たせたな」

僕がスマホから化け物に目を移すと、本当に変身が完了しており、先程の2倍ぐらいの大きさになった上に、何となく格好良くなっている。僕は待った甲斐があったと感じた。


ゴチン!


僕は化け物の頭に思いっ切り右拳みぎこぶしを振り下ろした。

「ぐううう……」

化け物は頭を押さえて悶絶する。

「どうだ、参ったと言えば許してやろう」

僕は決め台詞を言った。

「バカな事を言うな」

化け物はゆっくりと起き上がり、まだ戦う意思を見せた。

「力の差は歴然だ。僕もお前を殺したくは無い。諦めて自分の星に帰るんだな」

「バカな事を言うな」

その台詞2回目だぞと思ったが、実は前にも言っていたから4回目かも知れないな、とか考えていると突っ込むタイミングを逸した。

「しょうがない……本気を出そう……オオオオ!」

化け物は大声で力み始めた。

「私に2度も変身させた事を後悔するんだな! オオオオ!」


ゴチン!


僕は、さっきも同じようなシーンがあったような既視感に襲われながらも、気にせず化け物の頭に思いっ切り右拳みぎこぶしを振り下ろした。

「ぐううう……」

化け物は頭を押さえて悶絶する。

「どうだ、参ったと言えば許してやろう」

僕は決め台詞を言った。化け物は開いた右手を前に出し言う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。変身するまでは攻撃しないでくれ」


間違い無い……先程と同じだ……。


僕は、この化け物に時間を戻す能力が備わっているのではないかと冷や汗をかいた。だとしても、力の差は歴然なので問題無いかと直ぐに平静を取り戻した。


「もう1度変身するチャンスをくれ」

化け物は苦悶の表情を浮かべながら、蚊の鳴くような声で言った。お前、変身してからここに来いよ! と強めに突っ込みたくなったが、余計な事を言うと帰るのが遅くなるだけかも知れないとスルーした。

「オオオオ……」

隙だらけなので、反射的に拳骨げんこつを食らわそうと振りかぶった時、化け物が露骨に嫌そうな顔をしたので、僕は先程の会話を思い出し、頭を掻いて誤魔化ごまかした。

「私に2度目の変身をさせたのは、お前が初めてだ。オオオオ……」

化け物は殴られない事を確信したので調子に乗っている。

「2度目の変身を見るのは私自身も初めてだ。オオオオ……」

それなら2度目の変身が出来るかどうか分からないだろ! と突っ込みそうになったが空気を読んでもちろんスルーだ。


何となくだけど、さっきより変身に時間が掛かるのではないかと悪い予感がした。僕は、ふ~っと大きく溜め息をついてスマホを見る。そして、右人差し指でスマホ画面をスワイプした時、僕は脳の血液が沸騰するかのような怒りを覚えた。危うくスマホを握り潰してしまうところだった。

『消費税別』

どおりで安いと思ったのだ。それなら、特に安い訳では無い。もちろん高い訳では無いのだが、1度税抜金額を税込金額と思ってしまったからには損をしたとしか思えない。それなら違う店にしろよと言われそうだが、既にパスタランチにピザという舌になってしまっていた。この怒りをどこにぶつければ良いのだろう?

「待たせたな」

ふと前を見ると化け物は先程の3倍程の大きさに変身していた。それを見て僕は、全てこいつのせいじゃないかと思った。

「うおおおお……」

僕は自然と腹の底から声が出た。今までこんなにも怒りを覚えた事があっただろうか? 全身がブルブルと震え、身体から湯気の様なものが吹き上がる。気付けば、先程まで見上げていた化け物を見下ろしていた。


変身するのを見るのは私自身も初めてだと言って良いのは、この時だけだろうと明確に理解し叫ぶ。

「この嘘つき野郎め!!」

僕は怒りに任せて右拳を振り上げ、思いっ切り化け物に振り下ろした。

「参った! 許してくれ!」


ドゴオオオン! バラバラバラバラ……


僕の振り下ろした右拳は間一髪のところで化け物を避け、地面を大きくえぐり取った。


危なかった……。後少し、降参の宣言が遅ければ化け物を殺めてしまっていただろう。


「すみませんでした。もう2度とこんな真似はしません」

化け物は元の人間サイズの大きさに戻り、綺麗な土下座をした。僕は、ようやく降参してくれたかとホッとしたと同時に、身体が元の姿に戻っていた。

「じゃあ、自分の星に帰ってくれ」

「すみません、今からバイトが入っているからダメなんですよ……」

「じゃあ、早く行かないと!」

「すみません、失礼します」

化け物は急いでバイト先へ向かうようだ。化け物と言えど、地球では大人しく暮らしていたのだろう。お金には困っていないだろうか? アパートは借りられているのだろうか?

僕は親身になって化け物の事を考えたのだが、地球を乗っ取ろうとしたヤツの事なんてど~でも良くなった。むしろ、のたれ死んだ方が良いのかも知れない。

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