第4話 死にゲーの名は伊達じゃない
クロイセン砦を目指して移動していたはずの俺たちだが、今向かっている方向は全然別の方向である。
山脈に阻まれているため、敵地の奥まで迂回するルートを選んでいた。
傭兵団の平均レベルからしても、かなり厳しいルートだといえる。
追手はネクロマンサーの操る屍兵だから、死体を補給されてもかなわないので、主戦場から離れたいというのもあったようだ。
しかし新手の敵が合流してしまう可能性は増える。
俺としてはネクロマンサーを強襲して、もとから断ち切りたいところである。
屍兵はいくら倒しても、後ろで継ぎはぎされて戻ってきてしまうのだ。
すでに異種族の手足を革ひもで縫いつけたような屍兵ゴブリンも見ている。
あんなものと戦ってもきりがないし、HPの多いオークの屍兵と戦えば失うものが大きすぎる。
そして今日はジョゼフたちが先頭を任され、ゲンとアルトと俺の三人がしんがりとなった。
昨日は誰も怪我をしなかったから、怪我人の回復ができたらしく、今日は薄暗いうちから出発している。
それでも午後には敵がちらほら現れることになった。
三次職に就いているゲンはさすがに強く、ゴブリン程度なら攻撃をガードされても一発で消し去っていた。
ガードされても入るダメージ、つまり最低保証ダメージだけで敵を倒しているのだ。
戦闘スタイルはめちゃくちゃ攻撃的で、大声で敵を呼びつけては倒している。
多少の攻撃を受けることは想定済みらしく、まさに肉を切らせて骨を断つだ。
そんな動きをフォローしている俺とアルトは大変だった。
昨日よりも頻繁に僧侶のおじさんが様子を見に来るようになった。
「回復はいるかね」
「いや、必要ない。二人が上手くカバーしてくれる。回復は怪我で動けない奴かヤンに回してやってくれ」
「へえ、本当に凄い拾い物をしたな。それなら今日にも部隊を立てなおせるぞ。そのままうまいこと続けてくれ」
それだけ言い残すと、僧侶のおじさんは隊列の先頭に向かって行ってしまった。
ゲンは大振りの攻撃をひたすら繰り返し、まるで攻撃をすることで問題を解決しようとしているようだった。
攻撃の合間に隙だらけになるので、俺の合図でアルトが光線の魔法を発動する。
大きな音がして光が弾け、周りの敵全体に多少のダメージを与える光のルーン魔法だ。
敵がアルトに殺到したところで、俺がバクスタもどきで次々と敵を塵に変える。
そしてゲンの攻撃後硬直が解けるタイミングで地面に伏せると、大剣による大なぎの攻撃が頭上をかすめて、その場にいたゴブリンがすべて塵と化した。
狂戦士のメインスキルである振り回しだ。
パーティーを組んでいるからゲンの攻撃が俺にダメージを与えることはないが、攻撃が当たるとモーションがそこで止まってしまうから攻撃範囲が狭くなる。
「君は、いくら何でも戦い慣れしすぎている。いったい何者なんだ。妖狐のたぐいじゃあるまいな。あまりにも戦いそのものに精通しすぎている」
ゲンは大雑把な戦い方とは対照的に、人の見方は繊細である。
即答できず言葉に詰まったのはこれで何回目だろうか。
「ア、アリーナで戦い方を研究したからですかね」
「ふむ……、たしかにそれならわからなくもない。レベルが低いだろうに、まるで熟練の相方のように、俺の攻撃からスキルからすべてのタイミングを読みきって動いている。近くにいても何の気兼ねなく剣が振れるという、その理由にはなるかな」
他人にレベルを聞くのはご法度らしく、その点を追及されたことはない。
しかし攻撃力の低さとスキルから、かなりの低レベルであることはばれてしまっていた。
それにしてもクールタイムが明けて即ぶっぱなししかしないのだから、タイミングがわかるのは当然だろう。
「気にしすぎですよ、ゲンさん。ボロボロのレイピアしか武器がないんだから、攻撃力が低いのはあたり前でしょう。レベルが低いなんて言い方は失礼ですよ」
「今、レベルが低いというのは、それだけトウヤに可能性があるという事だ。だが、その若さで不自然すぎるだろう。敵を倒す数で俺と変わらないんだぞ」
俺はなぜか10歳近く若返っているので、アルトと同じ十代半ばである。
これもゲームの設定に引っ張られて変わったのだろう。
「まだ気にしてるんですか。ゲンさんが敵を倒せないのは連携をしないからですよ。トウヤのタイミングでスキルを使ったら、敵を隙だらけにできるんですよ」
「だが光線の魔法を戦いの最中に使うなんて、誰も考えつきもしなかったことだ。その場にいる敵がすべて自分に向かってくるようになるんだからな。アルトも、その魔法はトウヤのカバーがない時には使うんじゃないぞ。トウヤは俺のスキルまで計算してタイミングを読んでいるんだ。普通の奴にはまず不可能だ」
彼らにはヘイト管理の概念もない。
騎士がタンクをしなかったら誰が攻撃を受けるというのか。
そもそも騎士がタンク以外に何ができるのか。
カルチャーショックを受けつつも、仕方がないと思う面もある。
ゲームのように、タンク職というだけで最初に死ななかったら、「仕事でしょ、ちゃんとして」なんてお叱りを味方から受けるというのも酷な話すぎる。
ここは現実で命がかかっているわけだから、どんな状況でも問答無用でタコ殴りにされるべきなんてことにはならない。
アルトがミスラのルーンを持っていたのはたまたまである。
光魔法のルーンで、とにかく適用範囲が広いのが特徴だ。
俺は火力を強化できるイグニあたりのルーンが欲しいところだ。
ルーンはランダムに得られ、属性が当たれば段階的に強化される。
ヒーラーや魔法使いが使う魔法とは別物で、他のジョブの特性を下位互換ながら持つことができるようにするために実装されたシステムだ。
下位互換とはいえ、かなり後期に実装されたので、低レベルの内なら主力としても使える程のものになっている。
「たしかに詮索が過ぎたな。トウヤはまだルーンもないんだろ。詫びと言ってはなんだが、よかったらこれを使ってくれ」
そう言って、ゲンがインベントリから出したルビーのような石を差し出してきた。
礼を言って受け取ると、低級のルーンストーンだった。
これを使えば神の名を宿したルーンがランダムで得られる。
北欧神話にヒンドゥーと、ごちゃまぜファンタジーにもほどがあるが、これはアップデートで追加された要素の中でも、今の俺にとってかなり有り難いものとなる。
ゲンがインベントリを操作した時に見たリストには、そこそこレアなアイテムも見えたので、ルーンストーンくらいならと遠慮なく貰うことにした。
使ってみると、シヴァの力を得ましたとのログが視界の端に流れた。
これで破の魔法の一段階目が解放されたことになる。
狙っていた火のルーンではないが、悪くはない。
「ほう、黒か。信頼の色だな」
なんのことかわからないが、たしかに当たりの部類だろう。
黒い炎が使えるようになり、無属性の攻撃魔法のあつかいになる。
一段階目で、火砲が使えるようになったはずだ。
無属性と言えば強そうだが、属性判定がないので弱体化もされないが強化もされない。
なので弱点属性を利用してのレベル上げなどには使えないということになる。
だから必ず当たる物理攻撃のようなもので、俺にとってはそれほど有用ではない。
経験値が必要になったら、その時は他のルーンに変えることも考えよう。
「さすがだね」
なぜかアルトも喜んでいる。
まあ万能で弱点のない属性だからいいものだと思っているのだろう。
俺は装備も揃い、ルーンも貰って、周りのみんなにも打ち解け始め、いきなりゲーム世界へ召喚された衝撃も薄れ始めていた。
その夜に悲劇は起こった。
連日の活躍もあって、食事などでも優遇を受け、たき火なども用意してもらえるようになっていた。
屍兵が引き上げてしまうと、一日戦った疲れから眠気もあったので、急いで食事を済ませると、すぐにたき火の横の一番いい位置へと体を横たえた。
本当は常に警戒を怠らないように、アルトと協力して見張る方向の分担などしてから寝るべきなのだが、それも億劫で眠気に身を任せてしまった。
しかし、あくまでも夜に戦えないのは屍兵だけである。
より正確に言えば、屍兵はネクロマンサーの視界の中でしか戦えない、というだけのことでしかなかった。
ゲーム時代でも夜に戦えない敵などほとんどいなかったというのに、なぜ屍兵が引き上げていったというだけで、命のかかった戦場において油断などしてしまったのだろうか。
言い訳にもならないが、そんな日々に慣れてしまっていたのだ。
それに疲れた体を焚火のそばに横たえた時の気持ち良さにはあらがえなかった。
夜中に物音で飛び起きて、すぐに自分の不覚を悟った。
すでに囲まれてしまった後で、暗闇の夜空には巨人族のひとつ目が無数に光り、周りはアリの這い出る隙間もないほどの屍兵に包囲されている。
屍兵の中には帝国正規兵の屍兵さえ見えた。
冷や汗が噴き出してきて、体にうまく力が入らない。
誰かが叫び声をあげたかと思うと、止める間もなく剣を抜き放って突っ込んいき、振り下ろされた巨人族の棍棒に潰された。
同時に人間の潰される音が四方八方から聞こえてくる。
鉄臭い血の匂いがあたりに満ちた。
レベル40以上のモンスターの攻撃を受けては、もはや助かる見込みすらない。
「みんな動くな! こいつらには勝てない!」
死ぬしかない状況かもしれないのに、俺はとっさにそう叫んでいた。
戦うよりも負けイベントである方に賭けた方が、生存率が高いと感じるくらいには絶望的な状況だった。
仲間を失ったことでゲンが狂ったような雄たけびを上げ、周りの制止を振り切ろうとしている。
ここでゲンを失えば、まとめ上げられるものがいなくなる。
ゲンが取り付いた仲間を吹き飛ばしたのを見て、俺は剣を抜き放ちながら駆け寄った。
心の中で済まないと呟きながら足元を斬りつけて、ゲンをその場に転ばせた。
倒れたゲンの上にまた皆が飛び乗って押さえつける。
「誰でもいい、ショックスタンを使え!」
誰かがそう叫び、取り押さえていた一人が悪魔が取り付いたかのように暴れているゲンの頭に飛びついた。
バチンッと音がすると同時にその巨体から力が抜けた。
その時、俺はやっとコバ村という名前を思い出した。
たしか学園のクラスメイトの中に、村の仲間が全滅して二人だけ生き残ったという男がいたのだ。
その男は黒髪で、今の俺に似ていたような気がする。
ストーリーに関わってこないから気に留めたことはなかったし、みんな特徴のない美形顔ばかりだからわからなかったのだ。
じゃあ俺がどんなに頑張っても、その運命は変えられないというのだろうか。
ジョゼフもゲンも他のみんなも助からない?
ふざけるな。
そんなもの俺がぶっ壊してやる、という強い意志が芽生える。
だが、とりあえずこの場で全滅させられることだけはなくなった。
どんなに頑張っても今の俺達の力では、この場から二人を生きたまま生還させることなど不可能だからだ。
その後、俺の予想通りの、俺たちは手枷をはめられて首輪でつながれた。
それからまる三日間、朝も夜もなく、ろくな食事も与えられずに歩かされ続けた。
抵抗しないという俺の判断は正しかったと思いたいが、司祭だったヤンは手当てを受けられずに死んでしまった。
ヤンはジョゼフの息子だった。
これでジョゼフは全ての家族をモンスターによって失ったことになる。
「畜生め。もう俺はどうなってもいいが。せめて、せめて一匹だけでも道連れにしてやりたい。屍兵なんかじゃなく、ちゃんとした敵の軍勢の一員に一矢報いたい」
「ヤケにならないでください。復讐のチャンスは必ずありますから、それを待つんです」
落ち込むジョゼフをアルトが慰めている。
あそこで降伏を選んだのは俺だ。
俺は責任を感じて、何も言えずにいた。
ゲンもうつむいたまま、ずっと無言を貫いている。
味方はずっと戦い続けていたために複数のデバフを受けてしまっている。
一列に繋がれているので後ろの状況はわからないが、まともに戦える味方はほとんど残っていないだろう。
手足や目を失ったり、腱や靭帯を損傷して動けなくなった者も多い。
たとえ魔法でも、目のような複雑な器官を治せるのは24時間以内に限られる。
しばらくして目的地に到着したのか隊列の流れが止まった。
ゲンの巨体に視界を塞がれているので、前がどうなっているのかわからない。
しばらくして少しずつ隊列が流れはじめ、一人ひとりトロールの前に立たされた。
インベントリの中身を出させられて、首輪から足かせに変えられる。
ついた場所は露天掘りの鉱山のような場所だった。
クレーターのようにも見える。
ゲーム時代に何度か来ているからわかったが、ここは王国の跡地だ。
すでに邪神軍によって壊滅させられた王国で、その首都の真ん中にできたクレーターから邪神軍がアイテムなどを掘り出している場所だった。
ゲームと同じく、クレーターの真ん中には、ここのボスであるとてつもなく大きなサルが陣取っていた。
大ザルは長い手足を動かして周りの人間に何かを伝えようとしているようだった。
そして、その指示と違う動きをしてしまったのか、癇癪を起こした大サルがギャンギャンわめきながら人間をつまみ上げると、そのまま口の中へと放り込んだ。
「お前ならあいつを倒せるか」
その光景を見ても感情一つ動かさなくなったゲンが無表情に呟いた。
「む、無理です」
あの大ザルはレベル80近いレイドボスだ。
範囲攻撃もあるし、レベル1の俺がどうにかできるような相手ではない。
そもそもレベル40くらいの巨人族ですら、対象指定の雷魔法があるせいで勝つことはできない。
ゲンはそうか、とだけ言ってまた下を向いてしまった。
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