第3話 傭兵団


 アルトと身を寄せ合って寒さに耐えながら、なんとか夜明けを迎えることができた。

 戦場よりもむしろ夜の寒さの方に命の危険を感じたほどである。

 そして眠れない夜のうちにインベントリやステータス、スキルまわりの確認をしてみたが、やはりジョブチェンジやスキルの獲得は出来ない。


 レベルやジョブレベルが上がらなくともルーン魔法くらいは覚えられるはずだが、ルーンストーンがないため試すことができなかった。

 夜が明けると、昨日の戦いで敵の数を減らしたこともあり、明け方の薄暗がりを利用して、クレイセン砦を目指した行軍を開始することになった。


 あくまでも、俺達は敵地で追われている立場なのである。

 怪我人が多く、無限に体力のある屍兵から逃げきることは難しい。

 昨日戦っていたのは、怪我した味方を庇うために仕方なくだったようだ。


「夜のうちに移動した方が良かったんじゃないのか」


「戦いのあとでは無理だよ。怪我人も多かったし道もないんだからね」


 夜のうちに打ち解けた雰囲気になっていたアルトが、そう教えてくれる。

 昨日のレイピアは俺がもらえることになった。

 あとでドロップ品でもあれば返してくれればいいと言っていた。


 そうなのだ。

 もとがゲームだから、屍兵だって倒せばドロップが得られる。


「回復魔法が使える奴はいないのか」


「今は僧侶が一人だけだね。司祭がいたんだけど、毒を受けて今は動けないんだ。だから回復魔法を受けられるのは戦える人だけだと決められたんだよ。治すのはまだ戦える人だけだってね。怪我をして動けなくなったら、もう治せない。でも薬草なら夜のうちに集めたのがあるはずだよ」


 ゲームでもHPが一割を切ってしまえば気絶状態となり、アイテムすら使えなかった。

 HPが二割を切った時点で自然回復もなくなるし、MPすらも回復しなくなる。

 HPが三割以下になっても重症や出血のデバフがついてしまい持続ダメージを受け続け、治すにはヒーラーからの治療かポーションが必要になる。


 そして短時間に二度、三度とHPが三割以下になると、最大HP・MPの減少やら自然回復の減少などといった非常に重たいデバフがついて、移動速度すらも制限されてしまう。

 そうなってしまえば数日間はデバフまみれで過ごさなければならない。

 デバフは一つでも命にかかわるから、しっかりと管理しなければならなかった。


 僧侶なんて基本職だから、大した魔法は使えないし本当に気休め程度だ。

 二次職の司祭も毒を受けているのなら、魔法はもう使えないだろう。

 このゲームの毒を食らってしまったのなら、それも仕方がないと言える。

 バッドステータスの中でもかなりやっかいな部類で、ゲームの時も初見殺しとして有名だった。


 解毒できるエントの実などは、特定の地域でしか手に入らないし、ヒーラーでも三次職からしか解毒魔法は解放できない。

 事前に解毒薬を用意できていれば何の問題もないのだが、毒状態になってからでは手遅れになることの方が多いのだ。

 魔法と薬草で延命しても、助かるかといえば……望みは薄いと言わざるを得ない。


「どうして戦争に参加したんだ」


 俺の質問にアルトは、おかしなことを聞くというような顔をした。

 しかし、すぐに俺が事情を知らないんだと気が付いたようだった。


「妹は魔物に襲われた時の怪我が悪化して死んだんだ。姉は治療費のために身売りすることになった。村にいても食べる物すらなかったし、食いあぶれた村の仲間で傭兵でもやろうかってことになったんだよ。ここに居るのはモンスターに恨みを持つ人たちばかりさ。ここなら腹一杯食えるし、そんなに悪くもないね」


 どうりで敗走中だというのに、この傭兵団に居心地の良さを感じるわけだ。

 みんな気心の知れた者同士だから、どことなく牧歌的な空気が流れていたのだろう。

 それにしてもゲームの中ではどんなに深刻そうな話をされても、どこか他人事であったのに対して、現場にいるとやはり身につまされるものがある。


 邪神ロキとの戦争は、この大陸のすべての人族にとって他人事ではない。

 前線に立たされている国家に対しての、人的、物質的な支援は常になされている。

 それによって前線が維持されているのだ。


 朝霧に包まれながら、俺達は林の中をひたすら歩く。

 俺はアルトと共にしんがりを務めていた。

 辺りは先頭にいるはずのゲンどころか三人先の頭も見えないような濃霧に包まれている。


「この濃霧なら敵をまけるんじゃないのか」


「いや、屍兵の中には正規兵のゾンビもいたから、斥候系のスキルがあるはずだよ。音がしないからといって油断しないようにね。背後を取られるとヤバいから」


 それはヤバイなんてレベルではない。

 正規兵の屍兵なんてかなりの上位モンスターじゃないか。

 そんな奴に俺のレベルで背後を取られた日には、一撃であの世行きが確定する。


「なに、あれだけの達人がそうそう後れを取るわけねえやな。アルトは安心しとけや」


 と言ったのは昨日のオッサンで、周りからはジョゼフと呼ばれていた。

 対人ばかりやっていたとはいえ、色々なビルドを試すためにキャラを何度も作り直しているから、モンスターともそれなりに戦ってきた。

 とはいえ、ジョブもスキルもない戦いにそこまで期待されても困るし、そこまで頼られるのもなお困るというものだ。


 このゲームでは通常攻撃が三種類用意されている。

 強攻撃、普通の攻撃、弱攻撃の三つだ。

 どのくらいのモーションならどれに分類されるかが重要で、ほんのちょっと余計なモーションを入れるだけで相手をのけぞらせることができたりする。

 タイミングによっては通常攻撃でも連続ヒットさせることも可能だ。


 ほかにもキャンセルやカウンター、パリィなど技の数には限りがないが、スキルも装備もない今の俺には、通常攻撃とカウンターくらいしかない。

 どれもかなりの練習を要するが、ゲームでは基本とされていたことばかりである。

 ここに居る人は、そんなことも知らないでモンスターと戦っているのだ。


 教えるにしても、通常攻撃でも判定の強い部分をいい位置にばら撒けばなんとかなる、なんて説明ではわからないだろうし、使いこなせるようにもならないだろう。

 それに俺は一対一の戦いには慣れているが、囲まれてしまえば対処ができない。

 あんまり偉そうなことが言えた立場ではなかった。


 日が昇って霧が晴れてくると、後方にキラキラと光る槍の穂先が見えるようになった。

 迷いなく、真っすぐこちらに向かってきているようだ。

 近くで見るより遠くで見る方が、はるかに迫力があって圧迫感を感じる。


「敵の方が進軍速度が速いぞ」


「怪我人を抱えている分だけ、こちらの方が遅くなるのは仕方ないよ」


「ああ、午後にも、こっちのケツに食いつかれるぜ。こりゃ今日も一戦やることになりそうだ」


 この人のよさそうなオッサンも魔物への恨みは強いらしい。

 目の奥に暗い光をギラギラさせながら、モンスターの群れを眺めている。

 そしてジョゼフの言う通り、しばらくすると足の速いゴブリンの屍兵が現れるようになった。


 まずはレイピアによる横なぎの弱攻撃で怯ませて、強攻撃の突きをゴブリンの弱点である大きな頭に突き入れる。

 ゲームにはなかったガスンッという手応えとともに、ゴブリンは吹っ飛んで動かなくなった。

 すぐに煙となって、銀色のコインを地面に落とした。


「さすがだな」


 ジョゼフの言葉に返事をする余裕がない。

 さっきからゴブリンの気配が増え続けているし、弓矢まで飛んで来ている。

 この場にはおれ以外、ジョゼフとジョゼフの相棒、それにアルトの3人しかいないのだ。

 今は、その3人と4人パーティーを組んでいた。


「まずいな。俺は多数を相手にするのが苦手なんだ」


「そんなのは誰だってそうだろう」


 俺が弱音を吐いても、ジョゼフは真剣に受け取ってくれない。

 よほど場慣れしているのか、焦った様子もなくただ笑っていた。

 レベル10未満の戦士だというのに、そんな余裕のある態度がやけに頼もしく感じられる。


「トウヤ、右から三体来る!」


「よし、俺が二体引き付けるぞ」


 石を投げて二体のヘイトを取ったら、けん制の攻撃をばら撒きつつ、移動しながら様子を見る。

 相手も慎重に動いているので、下手に攻撃できるような隙はない。

 さすがに時間を使いすぎて敵が増えても苦しいので、急反転からアルトと対峙したゴブリンにバックスタブを叩き込んだ。


 本来ならダメージが3倍になる通称バクスタも、ジョブもスキルもない俺が使えばただの背面攻撃にしかならない。

 それでもダメージ1.5倍は乗るはずだ。


 やはりそのシステムは生きていたようで、敵は一撃で倒れてコインに変わる。

 残りの二体は、片方を下段攻撃から怯ませたら、その隙にもう片方に通常攻撃を繋いで倒した。

 最後に一対一となれば、相手の攻撃に速攻でカウンターを合わせて終了だ。


「トウヤは戦い方がうまいね!」


「おい、とても苦手なようには見えなかったぞ……」


 言い返す言葉もなく俺は黙り込んだ。

 今の俺では、遠距離攻撃だけでもハメ殺される可能性があることを伝えたかったのだ。

 でも、よく考えてみたら、それは俺以外の三人も同じだった。

 離れてしまったので、俺たちは走って隊列の最後尾に追いついた。


「この速さでゴブリンを倒せるなら、足止めは必要ないね」


「ああ、これなら今日は暗くなるまで移動できるぞ」


 アルトとジョゼフがそんなことを話している。

 どうやらオークは足が遅いらしく、移動中に厄介なのはゴブリンだけらしい。

 ならば、そこまで警戒するほどではないと思うが、しんがりを任されている四人のうち三人は一次職の戦士でしかないし、俺に至ってはゼロ次職の旅人だ。


 バランスは悪いし飛び道具もない。

 戦士は最初からスラッシュというスキルを持っていて、それに加えてジョブレベルごとに、被ダメ減少Ⅰ、HP増加Ⅰ、HP自然回復増加Ⅰ、それに攻撃力増加Ⅰというアビリティを解放できるようになる。

 だから低レベルでは持久戦構えの職特性しかもっていない。


 せめて魔法使いか盗賊でもいれば戦術の幅も広がるのに、なんともバランスが悪い。

 魔法使いと盗賊は一次職ながら、攻撃に特化した職特性を持っている。

 しかし、この回復がない集団の中で、この三人がまだ元気なのは、戦士が持つ職特性のおかげなのだろう。


 バックアタックによるダメージ強化を持っている盗賊あたりはどうしても欲しいところだ。

 あとは警戒が使える三次職の探索者あたりもいれば楽になる。

 林の中に入ったので、俺たちは茂みから飛び出してくるゴブリン屍兵を倒しつつ進んだ。

 飛び出してきそうなところの近くに身を隠して待ち伏せ、ヘイトが自分に向かう前に無防備な背中へとバックアタックを叩き込むのだ。


 他の三人も俺の真似をするようになり、追撃の兵を楽に倒せるようになった。

 この世界の通貨であるシリングも40枚ほど手に入っているが、レアドロップはまだない。

 倒したモンスターのドロップは貰ってもいいらしく、手に入れたシリングは自分のアイテムストレージに入れてある。


 レベルの低い俺はスタミナ値も低いままらしく、夕暮れ前にしんどさを感じていた。

 他の三人はまだまだ元気なようだった。

 最後にまとまった数の敵を倒すことになり、俺はアルトと二人で森の中に入る。

 いざって時に多少のカバーは効くから、二人組というのも悪くないと思えた。


 それで敵を倒していたら、アルトが悲鳴のような叫び声をあげる。


「よしッ! レベルが上がった! 騎士と剣士が出たよ!」


 どうやら戦士のジョブレベルが4に上がったらしい。

 アルトの声に反応して遠くでジョゼフが手を振っている。

 おめでとうという事のようだ。


「それで、どっちにするんだ?」


「どちらがいいかな」


「そりゃあ、最終構成によるだろ。とりあえず剣士でいいんじゃないか」


 二次職は初期実装なので、条件を満たせば、その場で転職可能である。

 俺なら他の一次職に転職するだろうが、今は二次職の強さの方が必要な場面だ。

 特にゲームに慣れていないなら、防御に特化した騎士も悪くない。

 ただ回復もないような状況では、当然ながら攻撃力を上げた方がなにかと楽になる。


「うーん、やっぱり騎士にするよ。ずっと憧れてたんだ」


「なら、それでいいんじゃないか」


 俺が賛成すると、アルトはその場で騎士を選んだらしかった。

 そして何の神様に対してか知らないが、その場にうずくまって祈りを捧げている。

 たしかに一度きりの命なら、誰だって死ににくいタンク職の方を選びたくなる。

 ジョブレベル4なら、本人のレベルも10くらいにはなっているはずだ。


 その夜、盾術マスタリが使えるようになったアルトはヤタ爺から買ってきたカイトシールドを嬉しそうに磨いていた。

 俺は森の中で採れたというボアと山菜を煮込んだ鍋料理を胃に流し込んでいる。

 朝は干し肉しかなくて、あまりの硬さに俺はほとんどを残してしまっていた。


「トウヤと組んだおかげでレベルが上がったんだろうね」


「どうだろうな」


 俺のレベルが上がらない分、アルトが経験値を吸ったのかもしれない。

 おそらくだが俺の方は、ゲーム開始地点まで時が進まないと経験値を得られないのだと思われる。

 ゲームがレベル1で始まることに特に違和感もなかったが、よくよく考えたら、この世界では不自然極まりないことだ。


 そんな開発者のミスのせいでこんな目にあっているというわけである。

 たぶん最初のレベル上げが重要になってくるゲームシステムのせいだろう。

 そして、その夜はアルトが皆から二次職への転職を祝福され、代表したゲンからオーク屍兵から出たというサーベルをプレゼントされていた。


 俺の方は、皆からの期待が日増しに強くなっているのを感じる。

 三次職である狂戦士のゲンよりも敵を倒すのが早いと、ことあるごとにジョゼフが皆に話して聞かせているからだ。

 皆を元気づけたいのか知らないが、レベル1で負担の大きいところを担当させられるのは怖いからやめて欲しい。

 なにせ今の俺は、2、3発も貰えば即地面に転がされてお終いなのだ。


 ゲーム時代のスキルセットでもあれば、邪神ロキ程度はソロでも討伐可能だというのに、今となってはオークにすら囲まれただけで命の危険がある。

 ゲーム開始地点に行くまでに、どんなビルドにするかくらいは考えておいた方がいいだろうか。

 俺が今経験しているのは、ゲームの主人公である勇者の生い立ちではない。

 同じ学園にいたサブキャラの一人だと思われる。


 だとすれば、主人公に用意されたようなユニークジョブを持ったパーティーメンバーを仲間にできない可能性もある。

 いわゆるゲームで言うところの一人旅をしなければならない可能性があるのだ。

 一人旅というのは縛りプレイの一種で、主人公のみで邪神ロキを倒すという事である。


 邪神ロキを倒さないにしても、最終戦争ラグナロクを一人で生きのびる算段くらいはつけておかなければならない。

 そうなってくるとビルドの方向性は、当然ながら対人最強を目指していたゲーム時代とは違ったものにする必要性が生まれてくる。

 タンクとヒーラーはないなあとぼんやり思った。


 その二つは敵を倒すのに時間がかかりすぎるし、他職からの補助が前提だ。

 あとは魔法なんかの遠距離系職業も打たれ弱すぎて一人旅向きじゃないだろう。

 なにより逃げ回りながら戦うのが好きじゃない。

 そしてハイブリッドではどっちつかずになってしまって、やはりロキを倒すのは厳しい。


 となると回避系スキルを持った近接アタッカーということになる。

 ならゲーム時代とあんま変わらんか、という結論になった。

 それでも索敵能力と隠密能力だけは必須だろうから、最初はそっちを強化だな。

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