第5話 廃ゲーマーは決意した


 最悪の状況である。

 あの大ザルには、多少の知能はあるようなのだが、少しでも興奮させればモンスター特有の狂暴性で暴れだして誰かが食われてしまう。

 そして少しでも動きを止めれば、トロルの振るう鞭を受けることになる。


 秋口とはいえ日中の日差しは強く、その炎天下の中で水もまともに飲めないまま、手を切りそうなほど硬質で鋭利に尖った石を運ばされていた。

 大ザルは寝ているか、訳のわからないことを喚いているかのどっちかだ。

 目をつけられたら嫌だなと思っていたら、最悪なことに、こちらを指さしてなにやら喚いているではないか。


 なにが言いたいのかわからないでいると、いきなり石を投げてきやがった。

 近くに着弾して瓦礫が飛び散り、その欠片が頭に当たる。

 気を失って倒れれば、摘まみ上げられてエサになることはわかっていたので、なんとか足を踏ん張って倒れるのだけは避けた。


 着弾地点を見たらクレーターのような穴が開いていた。

 それを見た瞬間ヒヤリとする。

 そこは、さっきまで一緒に作業をしていた女性が立っていた場所である。

 周りを見ても体の形跡はどこにもなく、ただ足首だけが近くに転がっていた。


 くたびれて皮と骨だけになった小さな足首だった。

 呆然とする俺の前で、現場を見回っているトロルたちが集まって来て足元の岩をどけ始める。

 このトロルたちは瓦礫の間から黄金色の金属片を引っ張り出すと、それをどこかに持っていった。


 どうやらサルの位置からは金色の光が見えていたらしい。

 俺は体中が傷だらけで、服もそこらじゅうが破れてしまっている。

 あとで埋葬するために足首をインベントリに入れると、静かな怒りが湧いてきた。


「いいだろう。この俺を敵に回したことは絶対に後悔させてやる。PvP大会で優勝すらできる男なんだ。この世界のシステムも何もかも知り尽くしてるんだ。いつか、絶対にぶっ殺してやるからな」


 毒づいて地面を殴ったら血が出た。

 夜になって僧侶のおじさんに傷を治してもらおうとしたが、ゲンがトロルたちからヤタ爺を庇って、背中をミミズばれだらけにしていた。

 俺は治療してもらうのも諦めて、たき火もない地面の上に座り込んだ。


 与えられた食事は干し肉と泥水だけだ。

 この場所にいるのは、俺達を含めた50人くらいで、もとからいた40人くらいは新入りの俺たちからは距離を置いて座っている。

 表情はもう死人のそれで、恐怖と疲労から顔に生気がない。


 それでも体つきは逞しく、動ける程度には食わせてもらっているらしい。

 だが非常にまずい状況であることには変わりない。

 モンスターは知能が低いだろうに、ゲーム開発者の設計なのか、ここの警備システムにはつけ入れそうなスキがないのだ。


 トロルは自然回復力がとても強く魔法耐性も高いから、武器なくして勝ち目はない。

 大ザルは目が良くて石も投げるから、あいつが起きている時に脱出は不可能だ。

 つまり音を出すこともできない。

 視界が良すぎて工作はやりにくいし、ゲンがいつまで持つかわからないのでチャンスを待つのも悪手になる。


 それに大ザルが数時間ごとに癇癪を起して、そのたびに誰か殺されるから、時間をかけている余裕などそもそもなかった。

 あれこれ考えていたら、チクられるリスクも恐れず古株の集団にコンタクトを取りに行っていたゲンが戻ってきた。

 俺の隣にいたアルトがそれに反応する。


「どうでした」


「チャンスがあれば協力するそうだ。だがチャンスがあると信じてる感じではないな。俺達だけで突破口を開くしかない」


 ゲンの言葉に、アルトは気落ちした顔になる。

 ここで、あっちの40人が協力してくれないんじゃ可能性はゼロに等しい。


「だが、こちらに切り札があることを教えてやれば気も変わるだろう」


 その言葉に真っ先に反応したのは俺である。

 俺の知らない何かがあるのかと思ったのだ。


「切り札ってのはなんですか」


「お前のことだよ。安心してくれ。まだそのことは話してない。あっちに裏切りものがいないとも限らないからな」


「武器もないんですよ。俺に何ができるんですか」


「武器くらいは、あいつらもどこかに隠してあるだろう。なにせここは、昔戦場になった都市の跡地だ。きっと、どこかに集めて埋めるくらいのことはしている。ルーン魔法に関しては、あそこにいるほぼ全員が使えるそうだ。ルーンストーンなら勝手に使っても、ただの石ころになるだけだから、サルどもにはバレない」


「あのトロルは魔法耐性が高いんです」


「シヴァのルーンでもダメか」


 たしかにシヴァは属性を持たないので、物理ダメージ扱いという特性がある。

 しかし、一人でトロルの自然回復を上回るダメージを出すのは無理だろう。


「気休めにしかなりません。どうしても武器が必要です」


「わかった。そっちは俺がなんとかしよう。算段がつくまではなんとか生き延びてくれ」


 その夜はアルトと背中を合わせて眠ることになった。

 かなりの冷え込みで、風を防ぐものすらないから低体温症になりそうだった。

 それから俺達は隙を見ては、掘り出した物資を隠し場所に運んだ。

 インベントリの中はチェックされる恐れがあるので、すぐに取り出せるように埋めておくのだ。


 ちょうど掘り出している部屋の壁が残っていたので、その中で作業しながら、目ぼしいアイテムを物色する。


「壊れた刃物が出て来ましたよ。ここは武器庫かもしれません」


「おい、こっちにポーションがあったぞ」


 そう言ったジョゼフのもとにみんなが集まった。

 戦いになるなら回復アイテムはかなり重要な要素になる。

 しかもジョゼフが見つけたのは中位の回復ポーションだ。


「もっとあるかもしれない」


 アルトの言葉に、みんな目を血走らせて地面を掘り始めた。

 どうやら大当たりだったらしく、様々なポーション類を見つけることができた。

 道具屋の跡地なのか攻撃力上昇やスタミナ回復など、見つけたポーションはかなりのバラエティに富んでいる。


 あとはこれをトロルの目を盗んで隠し場所まで運び、埋めておくだけだ。

 昼の食事となったところで、俺達はインベントリの中に隠して移動する。

 しかし、トロルが後ろからついてきているので隠し場所には近寄れない。

 そこで前を歩いていたヤタ爺が、隠し持っていたポーションをおれに渡す。


 なんだろうと思っていたら、ヤタ爺はふらふらと列から離れていって地面に倒れ込んだ。

 当然トロルはヤタ爺に鞭を振るう。

 俺達は目配せをして、あらかじめ掘ってあった穴の中にアイテムを入れて砂をかけた。

 そしてヤタ爺を助け起こして列にもどらせる。


「どうじゃい、うまくいったろう」


 そう言ったヤタ爺は顔中ミミズばれである。

 顔が腫れあがって目も見えているかわからない姿に心が痛む。

 俺がやるべきだった。

 そう感じていた俺にヤタ爺は言った。


「気にするな。これはワシの仕事じゃ。お前さんはできるだけ体力を温存しておけ。もっと重要な仕事が待ってるでな」


 その期待が重く感じられた。

 さすがにレベル1でトロルを音もなく始末するのは自信がない。

 たった数日戦いから離れていただけで、斬り込みのタイミングなどがうまくイメージできなくなっていた。

 俺はプレッシャーに弱いのだ。


 昼飯は臭い肉と、真ん中に置かれたでかいカメに入った泥水だった。

 泥水の方は手ですくってすするしかなく、臭い肉というアイテム名の肉はまともに血抜きすらしてないのか臭くて吐きそうになる。

 そして午後になると、話をつけてきたゲンから武器の隠し場所に案内されて、好きなのを選ぶように言われた。


 採掘所で奴隷にされている古株たちが集めたもので、希少級や遺物級まである。

 しかし、それらはレベルの制限があって装備できない。

 レベル制限と言ってもレベル10とか20なので、なんでそんな制限を付けたのか開発者に苦情を言いたいくらいである。


 ゲーム時代には、そんな制限を気にしたこともなかった。

 武器を前にしてもトロルを倒すイメージが湧いてこない。

 ナイフは回復阻害効果付きのものを選んでいたが、数秒で倒さなければならないのだから意味が無いことに気付く。


 もっと集中しろと自分に言い聞かせた。

 必要なのは割合ダメージかノックバック延長、もしくはルーン魔法の回数を増やすためのMP増加にすべきだ。

 レベル1なのだからMP増加一択だろうか。

 ノックバックは慣れがいるし、割合ダメージは攻撃回数が少なくてそれほど生きない。


「本当に、こんなガキが切り札だってのか。俺達だって犠牲もなくこれだけ集めたわけじゃないぜ」


「集めたところで使える奴がいなけりゃ意味が無い。こいつは間違いなく俺より強いぜ。信じられないなら俺が喧嘩でもなんでも受けて立って証明しよう」


「金獅子の英雄より強いって話が、お前より強いに変わってるじゃねえか。これだから田舎モンの話を真に受けるのは嫌だったんだ。その金獅子ってのも、クロイセンに引きこもってるって話だ。ここを抜け出せても、帝国は敵に囲まれているから近寄れもしねえぞ」


 そんな馬鹿な。

 アイツがいればそこまで押されることはないはずだ。


「どうして砦から出られなくなっているんですか」


「病気だとよ。はやり病で兵士が動けなくなってんのさ。さっき連れてこられた奴に聞いたから間違いねえ。助けがこないとわかってなかったら、お前らの話なんかに乗るかよ」

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