第12話:金をせびりに来て刑務所行き

 あと2ヶ月もしないうちに、私はこの町を出て行く。


 やり残しがないよう、でも残せるものは全部残していく。

 とくに日向さんはSNSの類が苦手だから、コンテンツをたくさん作り置きしておくことにした。


 スマホの操作も苦手なので、ノートパソコンでの更新方法を教える。手が大きいから難しいんだそう。


「バッチリですね」


 何回か実際に更新作業をしていたら、ちゃんと覚えてくれた。頭も記憶力もいい人だから、一度覚えてしまえばもう大丈夫。


「こんなに大変な作業とは思わなかった」


 そうなんです。SNSの更新って地味に大変なんです。

 でも娘さんか息子さんが来たら、得意な彼らにお願いすればいい。


 他の用事を済まそうとした時、店舗側のチャイムが鳴った。


 お客様が営業日を間違えて来たのかもしれない。

 様子を見に行くと夫婦らしき人たちが立っていた。


「あの、大変申し訳ありませんが本日は定休日でして、」

「キララ?キララだよね!会えてうれしい!!」


 えっ、なに、なんで抱きしめられてるの。誰この人たち。


「大きくなったな!父さんも母さんもずっと探してたんだぞ!」


 ……父さん?……母さん?


 女性の腕から抜け出し、改めて二人の顔を見る。

 でもやっぱり見知らぬ他人で、まったくピンとこない。


「無理やり引き離されて、本当に辛い思いしたよね。ごめんね。もう大丈夫。これからは家族いっしょだよ!」


 さっきから何言ってるの?

 探してた?無理やり引き離された?


 もし本当に両親だとして、よくそんな寝ぼけたことが言えるな。


「大変申し訳ありませんが、人違いではないですか?私は両親からの虐待によって保護されたのであって、無理やり引き離されたわけではありません。それに17年間待っても迎えに来なかった両親が、こんな都合よく現れるとは思えません。以上のことから人違いだと思いますので、どうぞお引き取りください」


 記憶を都合よく改ざんしてるバカ共に使う時間なんてない。

 努めて冷静に、極めて慎重に言葉を選んでお伝えした。

 でもその努力もむなしく、相手の笑顔は消えて、今にも殴りかかってきそうな雰囲気に変わった。


 あっ、やっと思い出した。こいつら間違いなく私の両親だ。


「調子に乗りやがって!親に向かって口答えするな!ガキは言うこと聞けばいいんだよ!」


 女が叫ぶたびに唾が飛んでくる。汚いからやめてほしい。

 

 そういえば子どもの時、いつもこんな感じで怒鳴られたなぁ。

 あの時は怖かったけど、大人になった今だと滑稽に見えるわ。


「とりあえず金寄こせ。俺達が管理してやる。早く出せ!」


 あー、はいはいはいはい!そういうことですね!

 今さら何の用かと思ったら、金をせびりに来たんだ!


 よく見たら、着てる服も履いてる靴も持ってる鞄も薄汚れてボロボロだし、二人とも髪の毛プリンでバサバサだしで、たしかにお金に困ってそう。


 テレビが何かで私を見つけて、娘が金持ちになったって勘違いして、それでわざわざここまで来たんだね。ご苦労様した。


「これ以上お話することはありません。どうぞお帰り下さい」


 もう中に戻ろうと後ろを向いたら、ものすごい勢いで頭を掴まれて、店のシャッターに押し付けられた。


「テメェ!ふざけんじゃねぇぞ!ぶっ殺されてぇのか!!」


 おでこから血が垂れてきた。

 

 暴力は大人になってもやっぱり痛いね。

 もう、やだなぁ。


「その手を離せ」


 頭を押さえつけてた男の手が離れ、倒れ込みそうになった体を日向さんが支えてくれた。


「警察がすぐに到着する。動画も写真も撮ってある。逃げても無駄だ」


 この場から逃げようとした二人に釘をさす。

 

 よかった、証拠を残してくれて。

 録音ぐらいしとけばよかったって後悔してたんだよね。スマホ持ってないけど。


「……ッ!親に逆らったこいつが悪い!そんな奴は殴られて当然だ!俺は何も悪くない!」

「そうよ!なによ!あんたには関係ないじゃない!家族の話に首突っ込むな!」


 あれから17年も経つのに、自覚も反省もしてなかったんだ。

 やだなぁ、泣くなんて。みっともない。


 涙の止め方が分からなくて流しっぱなしにしてたら、太くて長い指が優しく拭ってくれた。


「黙れ。キララはお前達の子どもでも家族でもない。俺の大切なパートナーだ。それをこんな目に合わせて、二度と朝日を拝めると思うなよ」


 日向さん、それ極道のセリフです。

 でも似合ってるのでオッケーです。


 遠くからサイレンが2つ聞こえてくる。

 パトカーだけじゃなくて救急車もきた。


 人生二度目の救急車。どちらも親の暴力が原因なんて最悪だ。

 もうこれ以上は勘弁なので、刑務所から出てこないことを祈っとこ。

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