第11話:憧れの人からのサプライズ

 「桐嶋さんの元でお世話になることに決めました」


 日向さんにそう伝えると、彼は黙ってうなずいてくれた。


 答えを伝えるべく桐嶋さんに連絡を取る。


 指定された場所には、“ichigo”の創業者、五月雨社長も隣に座っていた。


 五月雨社長が元極道なのは有名な話だけど、今その面影はない。でもにも見えなかった。


 てか事前に教えてほしかった。


「お会いできるなんて光栄です。ずっと憧れていました」


 実は私、五月雨社長の大ファン。

 この人のサクセスストーリーを見て、今がドン底でも人生はいつでも変えられるって勇気をもらってた。


「ありがとう。私も君に会えてうれしいよ」

「桔梗さん、俺が先に口説いてるんですからね」

「分かってるよ。そんな野暮なことはしない」


 この二人、取引先というより友達みたい。


「それで、結論は出たってことかな?」

「はい。ぜひ入社させてください」


 先日出した解決策が背中を押してくれた。あのお店に私はもう必要ない。

 ネガティブな感情は全然なくで、とっても晴れやかな気分。


 だから、もっと成長したいと思った。

 桐嶋さんの会社は、きっと一番成長できる場所だ。


 話が一区切りついたところで、五月雨社長がポツリとつぶやく。


「でも日向さんはきっと寂しがるだろうな」


 経緯を知ってるだけにしては親しげだ。日向さんと接点なさそうだけど。


「五月雨社長は日向さんとお知り合いなんですか?」

「私が君を日向さんに紹介したんだよ」


 バリバリ接点あったわ。むしろ超重要人物じゃん。


 正確には、五月雨さんが日向さんの話を江里花さんにして、江里花が五月雨さんに私を推薦して、日向さんへは五月雨さんが、私へは江里花さんが話を通したってことらしい。


「日向さんには君のことを内緒にしてたんだ。驚かせたくてね」


 だから最初にあんな対応されたんだ。

 江里花さんにはあとで謝っとこ。


「最初は色々と不安そうだったけど、君が来てくれてよかったって言ってたよ」


 そんなこと言ってくれてたんだ。


「私も江里花も、君の活躍がとてもうれしかった。桐嶋君のところでも頑張って。応援しているよ」

「ありがとうございます!」


 生きててよかった。頑張ってよかった。

 これ以上うれしいことなんてもうないよ。



 会食のあと、五月雨社長からクッキー缶をいただいた。

 ただのクッキー缶じゃない。社長が焼いたクッキー缶だ!


 当時は買えなかった伝説のクッキー缶を前に思わず五体投地しそうになったけど、そこは自重した。


 とりあえず祭壇をつくろう。


「やめろ。食べてやれ」


 でも日向さんから強めの口調で止められ、泣く泣く食べることにした。


「うぅぅ。おいしいぃ。おいしいよぉ」

「泣きながら食べる奴があるか」


 渡されたティッシュで鼻をかむ。万が一でも缶が汚れたら切腹だ。


「介錯をお願いします」

「意味が分からん。とりあえず落ち着け」


 日向さんは分かってない。これがどれだけ価値のあるクッキーか。ファンなら10万出してでもほしい代物だ。


「まさか会えるなんて、本当に大ファンだから、もう夢みたい……!」


 日向さんとはまた違う感じのイケオジだった。気さくな感じというか、愛嬌があるというか。まぁ、クッキー焼いてる姿は想像できないけど。


 桐嶋さんとこで働けば、五月雨社長と会える機会も増えるのかなぁ。


「そんなに五月雨さんが好きなのか」

「まぁ、そうですね」

「俺よりもか」


 ……なにそれ、かわよっ!やばっ!

 拗ねてるの?ねぇ、拗ねてるの?

 プンッてそっぽ向いちゃって、めちゃくちゃ可愛いんですけど!


「なんですか〜?嫉妬ですか〜?」


 ニヨニヨが止まらない。


 少し間を開けてソファーに座ってたけど、スススッと近寄って、太ももをピタッとくっつける。


「……」


 だんまりを決むこむ日向さんの柔らかい太ももをツンツンする。


「正直にゲロった方が楽になりますよ〜」


 顔は見れないけど、耳を見ればすぐ分かる。真っ赤だ。

 照れてる。これは照れてますよ。


 あまりの可愛さに、つい伸びてしまった手が二回りも大きい手に握りこまれる。


「あっ…ごめんなさいっ」


 調子にのって、失礼なことをしてしまった。これは叱られる。


「…るいか」

「えっ?」


 聞き取れない。なんて言ったの?


「嫉妬したら悪いか。他の男を好きになるな。とくに彼はダメだ。心に決めた奴がいる」


 えぇと、失恋の心配してくれてる?


「あの、そういう好きじゃない、ですよ?」


 うわぁ、今度は顔まで赤くなった。たぶんこっちまで赤くなってる。


「……そうか、ならいい」


 こんな可愛い中年は、天然記念物か絶滅危惧種として認定&保護されるべきだと思います!

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