第10話:家族経営がいいと思う

 お店の知名度が上がるにつれ、日向さんへの取材依頼が増えてきた。

 会社を売却してまで始めたのがド田舎のソーセージ屋と聞けば、誰でも興味を持つ。


 始めた理由は本当に大したことがないので、深掘りされるのは繁盛するまでの経緯について。

 繁盛したのは私の手腕だと日向さんがしゃべるから、私も取材されることが増えた。


 おかげさまで実店舗もオンラインショップも売上は右肩上がりを続けてる。


 だからこそ、問題が発生した。


「スタッフ増やしませんか?」


 二人だとこれ以上の売上は見込めない。

 人間らしい生活を放棄すれば、もう少し上を目指せるけど労力と成果が見合わない。


「今のままでいい」

「これ以上は稼げませんよ?」

「十分だ」


 オーナーがそれでいいならいいけど。


「給与が少ないか?」


 おっと、そう捉えちゃったか。


「私も十分です」


 なんなら貯金もできてる。おかげで引越し代も家賃代も貯まった。

 もういつでも引っ越しできる。



 店番をしてると、外でタクシーが停まった。

 中から出てきたのは日向さんの息子さん。


 思わずその後ろを見たけど、姉の方はいなかった。よかった。本当によかった。


 お店に入ってきてすぐ、土下座をぶちかまされた。


「この度は姉が大変失礼をいたしました!」


 今なら分かる。土下座はされた方が辛い。罪悪感がハンパない。これは許すしかない。


 あらぬ誤解を生んでしまう前にリビングへ移動した。


「粗茶ですが」

「ありがとうございます」


 普通にお茶を飲んでる。月城家はハロッズしか飲まないと思ったけど、そうじゃないみたい。


「お詫びなんて、本当によかったのに」

「いえ、当然のことです」


 はぁー、私が高校生だった時よりよっぽどしっかりしてるわ。それにイケメンだし。

 ちょっとこの子、将来有望すぎじゃない?今のうちに唾つけとくべき?


「お店、繁盛してるみたいですね。テレビとかでよく見ます」

「おいしいからね。そうだ、お昼まだだったらいっしょに食べよ!」


 ちょちょいとホットドッグを作って、温め直したミネストローネをテーブルに置く。


「おいしい!」


 一口食べてすぐ、息子さんの目が輝いた。素直でいい子だ。


「お父さんのソーセージ、初めて食べる?」

「初めてです。父はこんなおいしい物を作れたんですね」


 日向さんがこの場にいたらよかったのに。こんなの聞いたら絶対喜んでた。


「でも潰れそうだったんですよね。だから父はあなたの力を借りたんですよね」

「うーん、そうなるのかな」

「その力、僕にも貸してもらえませんか?」


 なるほど。それが目的でここまで来たんだ。


「君も何か作ってるの?」

「違います。姉のことです」


 それは専門外です。


「このままだと姉は父の邪魔をし続けるんです。父はなぜかそれを黙って受け入れてますけど、そんなのお互いとって良くないと思うんです」


 要件がよく分からない。


「私に何をして欲しいの?」

「姉の理想を叶える方法を教えていただけないでしょうか!」


 なんだそのお願い。私のこと魔法使いだって思ってるのかな?

 

「姉は昔から理想の家族像を持ってて、大人になった今ならそれを叶えられるって本気で思ってるんです」


 分かったともイェスとも言ってないのに勝手にしゃべるのね。

 

「姉は理想が叶うまで父の邪魔をし続けるつもりです。どうしたら姉の理想は叶いますか!」


 知らんがな。勝手にしてくれや。

 と追い出したいけど、邪魔をされるのはお店的にも困る。


「理想の家族像って?」

「家族みんなで食卓を囲むような感じです」


 へぇー!そんなことでいいんだ。

 ファザコン拗らせすぎて「私から離れるならあんたを殺して私も死ぬ!」的な感じだと思ってた。

 

 それなら良い案がある。


 弟君の悩みも解決できて、お姉さんの理想も叶えられて、お店にも日向さんにもメリットがある、すばらしい解決策。


「つまり、家族みんなが同じ場所にいればいいってことだよね」

「まぁ、そうですね」

「だったらこのお店で働きなよ。家族みんなで!」


 日向さんは十分だって言ってたけど、そのうち買えないお客様も出てくる。

 それは避けるべきだし、そこを改善しないのはお店の怠慢だと思う。


 他人を雇うことに抵抗感があっても、家族なら問題ないでしょ。


「でも、そしたらあなたは姉と働くことに」

「あっ!そこは大丈夫。期間限定の雇われだから」


 あの月城レイがこんなド田舎に来るとは思えないけど、少なくとも親子水入らずの場を邪魔するほど無粋じゃない。


「解決策になるかは分からないけど、一度お姉さんに話してみたら?」


 弟君は少し考えてから、力強く頷いた。


 タクシーを見送ってから考える。

 そろそろ次を決めないと。

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