第9話:二人で未来の話をしよう

 今日は日向さんと東京に来てます。

 まさか、あんな無茶なお願いを叶えてくれるとは。


 いつもの10倍はするワンピースを体にあてて、鏡で全身を確認する。


「これはどうです?」

「似合ってる」


 そればっかり本当かなぁ。

 元奥さんと比べたら目も当てられないレベルだよ?


 鏡に映るその姿は服に着られているようで、とてもみっともなかった。

 なんとなく気分が下がってしまい、持っていたワンピースを元に戻す。


「どうした。試着しないのか」

「はい。やっぱり違うお店にします」


 少し歩いたところに、いつも買ってるブランドがあったはず。

 ドレスコードさえちゃんとしてれば値段までは気にしないでしょ。


 さっそく店を出ようとしたけど、日向さんが戻したばかりのワンピースを渡してきた。


「これを着てほしい」

「えっ、でも」

「俺のために着てくれ」


 なるほど。そういうことね。


 今日の日向さんはいつもと違って、カッチリした格好をしてる。すれ違う人たちが二度見するぐらいカッコイイ。

 規格外の体形なのにサイズ感がバッチリってことは、たぶんオーダーメイドな高級品。

 その隣でプチプラ着た女が歩いてたら、この人が恥かくよね。

 

 馬子にも衣裳だけど、身の丈に合わない服に袖を通そう。


「似合ってる」


 そんなうれしそうな顔をされたら信じるしかない。


「ありがとうございます」


 この人は、私がほしい言葉をくれる。

 押し付けるわけでも、何かを求めるわけでもなく、ただ純粋に素直な気持ちを伝えてくれる。

 その気持ちに応えたくて、私は背筋を伸ばして日向さんの隣を歩いた。

 色んな視線を向けられたけど、この人の側にいれば何も気にならなかった。


 そしておとずれたディナーの時間。


 夢にまで見た三つ星フレンチ!しかも個室!


「幸せすぎる……」


 一皿ずつ心の中で涙を流しながら食べる。

 これが最後の晩餐だったらいいのに。


「次はどこがいい」

「次があるんですか?」

「いやか?」


 卑怯だ。そんな聞き方。


「お寿司がいいです。カウンターの」

「予約しておこう」


 この人はきっと約束を破らない。それがどんなに難しくても、きっと。


「楽しみにしています」


 だから信じて期待して、その時を待っていられる。



 帰れない時間じゃないけど、日向さんはホテルを予約してくれてた。しかもスイートを別々に。


 部屋に入ってすぐは浮かれてはしゃいでたけど、広すぎて落ち着けないことに気がづいた。

 一体ここで何をしたらいいんだろう。


 しばらくボーっと夜景を眺めてたらチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、日向さんがワインボトルを持って立っていた。


「一杯どうだ?」


 ちょうどいい。このままだときっと眠れない。


 どうでもいい話をしながら、ワインを体にゆっくり入れる。


「星は、家族と仲はいいのか?」

「急にどうしたんです?」

「一度も聞いたことがない」

「あなただって」

「俺は、あの通りだからな」


 私だけがプライベートなことを知ってるのもフェアじゃないか。


「私、養護施設出身なんです。5歳の時に保護されて、それから一度も親に会ってません」


 大したことじゃない。テレビでよく見る、どこにでもある話だ。


「両親から虐待されてて、それがけっこうすごくて、気づいたら病院にいて、それでそのまま施設に入って、」


 ワインは回るけど頭は回らない。

 おかしいな。こんなつまんない話、誰にもしゃべったことないのに。

 

「最初はさみしくてずっと泣いてて、心配した先生が、いつか迎えに来てもらえるよって言ってくれて、」


 やめろやめろもうやめろ。日向さんが困るだけ。


 また口が勝手に開いたけど、その先の言葉は出てこなかった。


 大きな腕に抱きしめられて、広くて温かい胸元で優しい音を聞いたら、もう何も言えなかった。


 その優しい嘘を、私はずっと信じてた。

 明日かもしれない。明後日かもしれない。

 今日じゃなくても、きっと迎えに来てくれる。


 祈るようにそう信じてた。

 でもそんな未来はこなくて、次なんてなくて、誰も私を迎えに来てくれなかった。


「迎えに行く。どこにいても、必ず」

「南極でも?」

「もちろん」

「宇宙でも?」

「お安い御用だ」

「南極は来年」

「予約しておく」

「宇宙は、30年後」

「せめて20年後にしてくれ」

「フフッ、じゃあ20年後」

「約束だ」


 果たされる約束が、叶えられる未来が、神様に祈らなくてもここにある。

 なんて幸せなことだろう。


 この人の音は安心できる。ここにいれば何も怖くない、誰も私を傷つけない。

 

 ずっとここにいたいなぁ。

 あぁ、眠くなってきた。


「おやすみ、キララ。いい夢を」

 

 今日は、よく眠れそう。

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