第8話:ケタ違いのスーパーセレブ

 先日のエピソードを女将さんに報告。という名の告げ口。


「あらー、それは大変だったわね」

「なかなかパンチのある娘さんでした」

「マリィちゃんはお父さんが大好きだからねぇ」


 ???大好き?あれで?


「えっ、でも、日向さんのことボロッカスに言ってましたよ」

「好きじゃなかったら、わざわざこんな場所まで来ないでしょ?」


 まぁ、たしかに。

 どうでもいい奴に貴重な時間と労力を使いたくはない。


「お店を潰そうとしてた時もあったわねぇ。そうすればお父さんが帰ってきてくれるって思ってたのかな」


 こっわ!なにそれ!なんでそんな思考回路になるの?!理解できない!


「もうすぐ潰れるって時にキララちゃんが繁盛させちゃったから、焦っちゃったんだろうね」


 焦って怒鳴りこみに来るって。弟の方はまともそうなのに。

 持って生まれた人間性の違い?


「あと、二人がいっしょに写ってる雑誌とか見たのも原因かも」

「あぁ、だから再婚するって勘違いしてたんだ」


 なるほどなぁ。ファザコン拗らせすぎるとそう見えるんだ。

 再婚なんてしたら戻ってくることは絶対ないから、それだけは阻止したくてあんな暴挙を。


 歪みまくってるけど、それだけ好きってことは家族仲はよかったのか?そしたら離婚の理由は?親子関係はいいけど夫婦関係がよくなかったとか?


 ……そんなプライベートなことまで知る必要ないな。知ってどうなるわけでもないし。



 でもやっぱり気になってしまい、事情を知ってそうな江里花さんに電話した。


『離婚の理由?日向さんが会社を突然売却したからじゃない?』

「会社を売却?」

『すごく大きな会社の社長さんだったんだよ』


 会社の名前を調べてみると、年商数百億越えの上場企業だった。


 一代でこんな規模の会社をつくりあげるとかスゴッ。見る目変わるわ。

 

「どうしてそれが離婚の理由になるんですか?」

『うーん、金の切れ目が縁の切れ目?』


 なんだそれって思ったけど、元奥さんの名前を聞いたら納得できた。

 

 月城つきしろ レイ。

 よく資産家や実業家との熱愛が報道される一流モデル。

 熱愛報道が出る度に“今回の相手は前回よりも資産が多い”と書かれている。


 離婚理由は分かったけど、まだ分からないことが。


「なんであんなド田舎でソーセージ屋してるんですか?」

『それは本人に聞いてみたら?』


 と言われたので聞いてみた。


「大した話じゃない」

「それが聞きたいんです」


 そっぽを向いた横顔をジッと見つける。

 こっちを向いてくれるまで、じゃべるまで目を離さないぞって念を送る。


「……ドイツで食べたソーセージがうまかったからだ」


 それだけで?そんな理由で年商数百憶の会社も超美人な奥さんも手放したの?すげぇな、そのソーセージ。


「じゃあ、どうしてこの土地に来たんですか?」


 生まれ故郷じゃないことは女将さんから聞いた。

 出身は東京で、生まれながらの超ボンボンだそう。自分とは真逆すぎて嫉妬する気すら起きないわ。


「気がついたら、だな」


 なんじゃそりゃ。異世界転生者なのかな?


「ずっとここでソーセージ屋さんを続けるんですか?」

「そうだな」

「そうですか」

「……も、どうだ?」

「えっ?」

「ここに残る気はないか?」


 返答に困る質問がきた。困るというか、考えてなかった。桐嶋さんのお話も頭の隅っこに放置したまま。


 どう返答しようか迷ってると、今度は日向さんがジッと見てきた。


「えと、実はですね、誘われてて、転職しないかって」

五月雨さみだれさんのところか?」

「いえ、桐嶋竜胆さんって方です」

「どっちにしろ同じことだ」

「桐嶋さんをご存じなんですか?」

「少しだけな」


 だったら私じゃなくて、桐嶋さんの会社に頼めばよかったのでは?

 あっ、お金の問題か。慰謝料払ってすっからかんだっけ。


「そうか。彼のところに行くのか」

「いえ!まだ全然、考えてもなくて」


 シュンってあからさまに落ち込んだから、ついフォローしちゃったよ。

 日向さんの弱ってる姿って、なんか心臓に悪いんだよね。可哀そうなことしてる気分になる。


「でも、そう言ってもらえて、すごくうれしいです」


 必要としてもらえると、生きててもいいんだって、生きてる価値があるんだって思える。


「しっかり考えて、ちゃんと答えを出すので、待っててもらえますか?」


 これが終わった後のことなんて、終わった時にしか考えられない。

 確約されていない自分の未来なんて考えられない。


「あぁ、もちろんだ。いつまでも待つ」


 成功者って、気が長いのかな。

 桐嶋さんと同じこと言ってる。


 考えられないと言いつつ、きっとこっちを選ぶんだろうと分かる。


 同じ場所にはいられない人間だから。

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