第7話:よくある複雑な家族問題

 キャンプ雑誌に紹介されてから来店数は倍に、ネットの注文数は3倍に増えた。

 うれしい悲鳴はそれだけじゃない。

 グルメ雑誌、女性誌、地方テレビ局などから取材依頼が押し寄せた。


「本当に、見込みが甘くて申し訳ありません」

「いいのよぉ、儲かるから」


 今日も材料が足りなくなり、大将のお店に駆け込む。


「でも日向君一人で大丈夫?お父さんに手伝ってもらう?」

「えっ?大将ソーセージ作れるんですか?」

「昔はウチでも作っていたのよ」


 ここで初めて、日向さんの師匠が大将の弟さんで、“マイスター日向(旧マイスター立花)”は“たちばな精肉店”から独立してできたお店だと知った。


 そりゃあ最重要取引先にもなるし、こういう無茶も聞いてもらえるし、女将さんが日向さんのことをよく理解してるわけだ。


 日向さんに助っ人を要請するか聞いてみると、弱々しく小さく頷いた。

 

 とっくに限界突破してたのね。


 ドスドスとやってきた大将は、それはもう見事な手さばきでソーセージを作っていく。


 大将が来るまで死にそうな顔をしていた日向さんも、今はちょっと元気になったみたい。


 これからも緊急時は大将召喚しよ。



 やっと忙しさが落ち着いたある日、思いがけない人が来た。


「いらっしゃいませ」


 私ぐらいの、女子大生かな?一人で来るなんてめずらしい。


 ショーケースを見るわけでもなく、店内をきょろきょろ見渡している。


「ねぇ、日向彰人はどこ?」


 フルネームで呼び捨て?


「あいにく日向は外出しております」

「いつ戻るの?」

「30分ほどで戻ってくるかと」

「待たせてもらえる?」


 図々しいな。誰だこいつ。

 待てよ、たしか日向さんって。


「失礼ですが、ご関係を伺っても」

「娘よ」

「……どうぞこちらに」


 店内に居座られても迷惑なので、仕方なくリビングへ案内する。


「こんなボロ家に住んでるんだ」


 聞こえてるぞ。

 

 出したくもないけど一応お茶を出す。


「なにこれ。紅茶ハロッズぐらいないの?」


 あるわけねぇだろ。持参してこい。


 これ以上同じ空気を吸いたくないので店舗へ避難する。


 30分後、日向さんが帰ってきた。


「お帰りなさい。娘さんがリビングでお待ちですよ」

「マリィが……?」


 目を丸くしながら、足早に店内から出て行った。


 何やら複雑そうな親子関係っぽいけど、私には関係ない。

 さっさと用事を済ませて、ちゃっちゃと帰ってほしいものだ。


 と思っていたら、今度は高校生ぐらいの息子さんが駆け込んできた。


「すみません!こちらに姉は来ていませんか!」

「……ご案内します」


 廊下を歩いていると、甲高い怒鳴声が聞こえてくる。

 

「あぁ!ヒステリックが始まってる!」


 後ろをチラッと見ると、息子さんが頭を抱えてた。


 リビングでは娘さんが興奮気味にお父さんを罵ってる。

 キィキィ喚く声が耳ざわりで、今すぐ黙れと叫びたい。


「ねぇちゃん!何やってんだよ!帰るぞ!」

「カイ、お前まで……」

「カイ!あんたも悔しくないの!?恥かかされてるのよ!!」


 あーあ、湯呑みが倒れてテーブルがビショビショ。

 せっかく淹れてやったのに、一口も飲んでねぇな。


「恥なんて「こんな若い女と再婚なんて、恥以外の何なのよ!」


 再婚ってことは、離婚してるんだ。

 ん?再婚?誰と?


「アンタもアンタよ。こんなオヤジのどこがいいの?ママに莫大な慰謝料払ったから金なんて持ってないわよ。財産目当てなら別のオヤジに乗り換えな」


 今度は私に向かって喚いてるけど、何を言ってるのかよく分からない。


「マリィ!!今すぐ星に謝罪しろ!」

「ハァ?なんで私が「謝罪しろ」


 有無を言わせない強い言葉でぶたれた娘さんは、グッと口をつぐんで黙り込んだ。


 まぁ、謝れと言われて謝るタイプではないわな。


「どうぞお帰り下さい。もうすぐ夜がきます」


 まだ喚き足りない姉を弟が力づくでタクシーに押し込めた。

 

「姉が大変失礼なことを。このお詫びは後日改めて」

「お気になさらず。さぁ、早くお帰りください」


 お姉さんが今にも飛び出してきそうです。


 タクシーが見えなくなったのを確認してから戻ると、日向さんがテーブルに額をこすりつけていた。


 前髪がお茶臭くなりそう。


「申し訳ない。娘が大変失礼なことを」


 親子そろって同じこと言ってる。


「悪いと思うなら三ツ星レストランでごちそうしてください。高いホテルに泊まらせてください。それで許します」

「その程度で許してくれるのか。ありがとう」


 莫大な慰謝料ってやつを払ったから金銭感覚が狂ったのかな?


 本当に気にしてないんだけど、こう言わないとこの人ずっと気にしそうだから。

 

 ところで、なんで日向さんが私と再婚するなんて勘違いしたんだろう。

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