第6話:まさかのヘッドハンティング
取材の内容は「マイスター日向のキャンプ用セットを紹介したい」だった。
こちらとしては願ったり叶ったりなので即受諾。
せっかくなので撮影スタジオへ持参することにした。
「郵送すればいいだろう」
「久しぶりに東京へ行きたいんです。会いたい人もいますし」
ド田舎生活にもだいぶ馴染んできたけど、たまには刺激がほしい。
「……そうか」
ブスってしてる。全然納得してなさそう。
「日向さんも久しぶりの一人を楽しんで!」
別々で一日を過ごすなんて、ここに来てから初めて。
お互い羽を伸ばして楽しみましょうー!
撮影スタジオに荷物を届けて、色々アピールして、任務完了。
今はホテルで優雅にティータイム。
「久しぶり。キララちゃん」
「江里花さん!お久しぶりです!」
実物に会うのは本当に久しぶり。うれしくて握手しちゃった。
「お店、順調みたいね」
「おかげさまで。毎日忙しいです」
とくに贈答用は、味がわからないからパッケージのデザインだけで選ばれることも多い。
贈答用の詰め合わせセットが主力になってくれたのも江里花さんのおかげだ。
「キララちゃんの実力だわ」
「いやいや、私なんて。商品のポテンシャルが高かったおかげです」
もし知名度だけじゃなくて、商品のレベルも低かったら詰んでた。
食を愛する人間として、不味いものを広めることは大金を積まれたとしてもできない。100束だったら考えるけど。
「それで、日向さんとの二人暮らしはどう?慣れた?」
「慣れました。あの人しゃべらないから楽ですね」
仕事中でもめったにしゃべらないけど、プライベートだともっとしゃべらない。
私もそんなずっとしゃべり続けてないから家の中はいつもシーンとしてる。
「無言でも居心地悪くないのね」
「ですね。いるだけで大木みたいな安心感があります」
「そう。それはよかった」
「紹介していただいて、ありがとうございます」
「フフッ、私じゃないんだけどね」
「えっ?」
私じゃない?どういうこと?
言葉の意味を聞こうとしたけど、それはできなかった。
「あっ、こっちです」
江里花さんが手を振った方向から、男性が一人歩いてくる。
どっかで見たことある人だ。誰だったかな。
「紹介するね。こちら
「はじめまして、星キララさん。すてきな名前ですね」
桐嶋竜胆!?
思い出した。“ichigo”のプロデュースもしてる広告代理店の社長で、超有名な元YouTuberだ。
そんな人がどうして。
「急にすみません。どうしてもあなたに会いたくて、江里花さんに無理を言いました」
「私に、ですか?」
「単刀直入に言うと、ボクの会社で働いてほしい。あなたの力が必要です」
業界御三家に匹敵するぐらいの影響力があって、新卒入社の倍率が異次元の会社に転職?
しかも社長自らヘッドハンティング?
「今の雇用期間が終わったら、ぜひウチに来てほしい。もちろんこちらは明日からでも大歓迎です」
「いや、そんな、どうして私を……」
熱烈すぎて気後れする。
ちょっと意味がわからない。
「マイスター日向で出したあなたの成果がすばらしいからです」
「それは、私だけの力じゃ」
「まるで彼女みたいだ。ねぇ、江里花さん」
「……キララちゃん、難しく考えないで。次の宿を確保するぐらいの気持ちでいいのよ」
そうだ。雇用期間が終われば当然あの家から追い出されるし、また住所不定無職になるんだ。
「今あのお店はキララちゃんの力で繁盛しているの。謙虚さも大事だけど、遠慮はしないで」
「……江里花さん」
桐嶋さんの方を見ると、同意って感じで笑ってる。
その笑顔が今の雇用主とは真逆すぎて、慣れるまでに時間がかかりそうだと思った。
「お返事はいつでも大丈夫です。雇用期間が終わった後でも」
名刺を手渡される。
「では、ボクはこれで。お邪魔しました」
颯爽と去って行く後ろ姿が見えなくなってはじめて、テーブルの上から伝票が消えてることに気づいた。
「キザな人よね」
「……そうですね」
都会の男性ってこんなだったっけ?
ちょっとド田舎生活に馴染みすぎたみたい。
江里花さんと別れた後、気になっていたレストランを食べ歩いた。
東京駅を出る時に一応、日向さんへ戻り時間を連絡しておく。
最寄りの駅に着いた時には辺り一面真っ暗だった。
東京だったらまだネオンがピカピカしてる時間。
なんだか魔法が解けたみたい。
帰ろとした時、突然車のライトが光る。
暗すぎて分からなかったけど、そこに停まっていたみたい。
降りてきたのは、日向さんだった。
「カボチャの馬車じゃなくて、軽トラか」
なんだからしくて、うれしくって、丸太みたいな腕を抱きしめた。
迎えに来てくれる人が、私にもできたんだ。
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