第3話:オジサンが可愛く見えてきた

 準備が少しずつ整ってきたので、日向さんに説明する。

 主にSNSの話だったからあんまりよく分かってなさそうだった。


「つまり、私は接客と知名度向上に尽力します。適材適所でいきましょう」


 苦手なことは無理にやらなくていい。できる人がやればいいんだよ。


「俺に接客は向いてないって言いたいのか」


 文句ありありの目で睨まれる。


「いやいや、まさか。ソーセージ作りに集中してもらいたいだけです。日向さんにしかできないことですから」


 これ以上お客様からの印象を悪くしたくない、とは言えない。


 日向さんはそれ以上何も言わず、ムスッとしたままどっか行った。


「分かりやすい人だなぁ」


 感情が顔と態度にすぐ出る人は好きだ。

 何考えてるのか分からない人は面倒くさい。



 オンラインショップの開設はデザインができてから。

 Instagramもバチバチの写真を載せたいから後回し。


 今すべきことは、マイスター日向のソーセージやハムを使った料理の開発!


 開発といっても、難しいことはしない。

 フルーツやチーズに合わせたり、サラダとかオープンサンドを作るぐらい。


 見た目はおしゃれに、でも手軽に作れることが重要。

 ハードルは低くしないと買ってもらえないからね。


 今日もお客さんが来る気配はないので、食材の買い出しに行こう。


 もはや私の愛車になりつつある自転車に飛び乗って、近所のお店を回る。


「それならこれがいいよー!」


 オーナーさん達に趣旨を説明すると、みんな日向さんのソーセージやハムに合う商品を教えてくれた。


 なんて優しい人たちなんだろう。ちゃんと挨拶しといてよかった。


「ただいま帰りましたぁ!」


 パンパンに膨らんだ2つのエコバックを見て、日向さんは目を丸くした。


「食べ切れるのか?それ」


 明らかに二人で食べるには多すぎる量。


「大丈夫です!私、大食いなんで!」

「……そうか」


 と言っても、さすがに今日全部は食べ切れないので、痛みそうな食材から順番に調理する。

 シェフでも料理研究家でもないけど、お取り寄せグルメで色々作ってきた経験がここで役に立った。


「ヤバい。天才かもしれない。めちゃくちゃおいしそう」


ダイニングテーブルの上にズラッと料理が並んでる。

ニヤニヤがとまらない。

この光景は絶景100選に登録されるべきだと思う。


「ずいぶんと作ったな」


 日向さんが来た。

 今日の作業は終わったみたい。


「でしょ?さっそく食べましょ!」


 酒屋さんに選んでもらったスパークリングを開ける。


「こういう楽しみ方もお客様に提案したいんです」

「ペアリングか」


 ではない。それだと商品の紹介だ。


「時間と余裕のある日は、こうやって過ごすのはどうですか?って提案です」


 自分もこうしたい、こうなりたい、と思ってもらうのが大事なのだ。


 お客様の中にある欲求を呼び起こし、それを満たす方法を提案する。

 商品はあくまでもそれを実現するための道具であって、それを買うことが目的じゃない。

 もちろんそういう人はいるけど、新規客を獲得したいなら前者に注力しないとね。


「色々と考えていたのか」

「遊んでるように見えますよね」


 パソコンとスマホを操作してるだけだから、そう見えてもしかたない。つまりそれだけお客さんが来てないってことだけど。


 図星だってみたいで、日向さんはぐぅと唸った。


「仕事も楽しく、遊ぶように、がモットーなんです。だから毎日楽しいです」


 人生に辛くて苦しい思い出なんていらない。いつでもどんな時でも楽しくいたい。


「こうして、日向さんとおいしい物を食べられて幸せです」


 ひとり飯も好きだけど、誰かとおいしさを共有するのもいいよね。

 その楽しさを、幸せをお客様にも伝えたい。


「……安い幸せだな」


 おっ、ちょっと耳が赤いぞ。

 酔いが回ってきたのか、それとも照れてるのか。

 ツッコんでもいいけど、怒りそうだからやめとこ。


 2人で食べるには多すぎる品数だったけど、なんだかんだで食べ切った。

 私もたくさん食べたけど、それ以上に日向さんが食べてくれた。


「お口にあったみたいで」

「うまかった」


 ……私も酔いが回ってきたかな?

 急に顔が熱くなってきた。発火しそう。

 こんなにはっきり言ってくれると思わなかった。


「お客様に提案しても大丈夫ですか?」


 お食事会のための料理じゃないからね。あくまでも、これはお仕事だから。


「問題ない」


 よしよし。これで投稿内容もバッチリだ。

 レシピとか写真とかまとめておこう。


「また、作ってくれるか?」


 耳が真っ赤だけど、今度は分かる。

 照れてるんだ。


 えっ、かわいいんですけど。


「もちろんです」

「…そうか」


 ひぃぃぃぃぃ!

 ニコッとした!


 えぇぇぇぇぇ。

 なに、この人。天然?天然なの?


 中年のクマみたいなおじさんが可愛く見えるなんて。

 眼科に行った方がいいんでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る