第2話:頭と足をつかって勝ちにいく

 工房の中を色々と見せてもらう。


 このお店、元は日向さんの師匠のものだそう。だから築50年以上なんだけど、ボロい感じが全然しない。

 むしろドイツの山奥に建ってそうな雰囲気で、めちゃくちゃ画面映えする。


 売っている商品は、主に本場ドイツの製法を取り入れた手作り無添加のソーセージとハム。

 レストランやパン屋さんにも卸しているらしい。


 食べてみると、たしかにグルメな人が好きそうな味。

 商品力は高いけど知名度が低いパターンで間違いない。


 私はさっそく、ある人に電話した。


江里花えりかさん、日向さんにちゃんと話しました?追い出されそうになったんですけど」


 電話の相手は、ここに紹介してくれた知り合いの江里花さん。


『あらー?ごめんね。でも無事に雇ってもらえたでしょ?』

「そうですけど、マジでホームレスになるとこでしたよ。ごめんと言うならタダでデザインしてください」


 文句はおまけで本題はこれ。

 ロゴとパッケージのデザインをタダで引き受けてもらうこと。


 江里花さんは、あの有名なクッキー缶“ichigo”のデザインを担当した、超有名なデザイナー。本来なら依頼するだけで何年も待つし、料金だって超高い。


 だけどこの人、身内には結構甘くて無茶なお願いも聞いてくれる。


『いいよ。迷惑かけちゃったし、日向さんのことも応援したいから』


 やったぁー!さすが江里花様!


 コンセプトやターゲット層を簡単に説明しただけなのに、もうラフ画を見せてくれた。


「最高です!それで進めてください!」

『はーい。2週間ぐらいで完成すると思うから、また連絡するね』


 よしよし、お次はSNSの戦略を立てよう。


 一番力を入れるべきはInstagram。

 グルメ系と相性抜群だし、ショッピング機能も付いてるからネット販売してるお店は絶対注力すべし!


 投稿する内容は、ただの商品紹介だと超つまんない。


 大切なのは、マイスター日向のハムやソーセージを買ったらこんな楽しみが待ってます、とお客様に伝えること。


 さっそくそれを探しに外へ行こー!


「日向さん、ちょっと出かけてきます!」


 作業している後ろ姿に声をかける。

 背中も塗り壁みたいに広くてデカい。


 数秒待っても返事がないということは、了承ってことですね。


「じゃあ行ってきます!あっ、自転車も借りまーす!」


 鍵が挿しっぱなしなのは確認済み。


 歩ける距離範囲に建物はないので、ここでの生活は自転車が相棒になりそうだ。ちなみに自動車免許は持ってるけど、ペーパードライバーです。



 Google mapsで確認したところ、周囲にはパン屋さん、酒屋さん、チーズ屋さんがある。


 最高だ。ハムにもソーセージにも合う食材ばかりじゃないか。Instagramの投稿に使える!


 付き合いがないかも知れないけど、とりあえず挨拶して回る。

 田舎で商売するなら顔繋ぎは大事だからね。


 パン屋さんは卸し先で、酒屋さんとチーズ屋さんも日向さんと仲が良いらしい。

 どのオーナーさんも気さくに挨拶してくれて、がんばってねって声かけてくれた。


 そうだよ、これが接客業の基本だよ。うちのオーナーも見習ってほしいよ。


 最後に、マイスター日向の最重要取引先である“たちばな精肉店”のドアを叩いた。先代からのお付き合いで、お店のお肉はすべてここから仕入れているらしい。


 店内にお客さんはいない。


「はじめまして!マイスター日向で働くことになりました、星キララです。これからよろしくお願いします!」


 とりあえず元気に挨拶してみた。

 カウンターの中にいた年配の女性がキョトンとした顔でこっちを見てる。


「あら、あらあらあら。ずいぶん可愛い子が来たのねぇ。お父さーん!日向君のところの子が来ましたよー!」


 あっ、女将さんなんだ。もうちょっと大人な感じで挨拶すればよかったなぁ。


 ドスドスドスと足音を立てながら、これまた日向さんに負けないぐらいのムキムキなご老人がやって来た。


「なんだ。日向の娘じゃねぇな」

「違いますよ。新しい従業員さんなんですって」


 日向さん子どもいるんだ。家に誰もいないから独身だと思ってた。


「はじめまして、星キララと言います」

「本名か?」

「本名です」


 お決まりのやりとり。今日これで何回目だろう。


「そうか」


 あっ、それだけですか。

 性格も日向さんと似てるらしい。



 挨拶回りを終えて工房に帰ると、日向さんは変わらず黙々と作業をしていた。


 客商売するなら愛想良くする方がいいに決まってる。でもきっと、この人にはできないんだろう。

 だったらそれを魅力にすればいい。


 できないことや苦手なことを無理にする必要はないと思うんだ。

 それをカバーするためにも私がいるんだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る