賢いギャルと強面オジサンの、ド田舎スローライフ
小林みつる
住所不定無職、就職します
第1話:ここで働かせてください!
今年の春に大学を卒業したばかり。
今、ド田舎のソーセージ工房“マイスター日向”に来ています。知り合いから紹介されたここで、今日から住み込みで働きます。
家賃がいらないからうれしー!
このお店、ソーセージ好きの間では有名だけど新規客の獲得ができなくて経営が悪化しているそう。私はそれを解決するために雇われました。
さて、さっそく中に入りましょう。
第一印象が大切なので、元気に明るく笑顔で!
「はじめましてこんにちは!今日からお世話になります、星キララです!」
お店の中には中年の男性が一人。背が高くて筋肉ムキムキでデカイ。
「オーナーの
ん?聞こえなかったのかな?
「星キララ、です」
「本名か?」
「本名です」
ここで仮名は言わないでしょ。ギャグみたいな名前だけどさ。
ちなみに、学生の時のあだ名はきらきら星でした。
「そうか。で、何をしにきた」
「…えと、ここで働くために」
「君が?」
えっ?違うの?そういう話だって聞いたけど。
「帰りなさい」
ハァ?なんだって?
「ここにいても時間の無駄だ」
いやいやいや!帰れるわけがない!
帰る場所があれば今すぐにでも帰りますけど、もうアパート引き払っちゃったし、家具家電全部処分したし、引越し代だって残ってない。
「…帰りません」
「なに?」
うっ、眼力強すぎ。こわっ。
でも引き下がるわけにはいかない。
「ここで働かさせて下さい!」
今なら湯屋の女将に食い下がったあの少女の気持ちがよくわかる。
「断る」
「そこをなんとか!」
どこかへ行こうとする腕に縋りつく。丸太みたいに太くて腕が回らない。
「住所不定無職なんです!哀れな小娘を助けると思って!」
ダメだ。フルパワーで引っ張っても止まらない。むしろこっちが引っ張られてる。
えぇい!こうなったらなりふり構っていられるか!
「どうか!どうか!なにとぞお助けください!」
日向さんの足元で土下座をぶちかます。
神様仏様日向様と、穴が開く勢いでおでこを床にこすりつける。おでこがヒリヒリして痛いけど我慢だ!
「がっぽりマンデーに出られるぐらい利益出しますから!ご恩はお金で返しますから!どうかここで働かせてください!」
床を見つめること数十秒。
地獄の底を這うようなヘビー級のため息が聞こえてきた。
「分かった。分かったから、とりあえず立て」
よぉぉぉし!泣き落としが効いたぞ!
やっぱり土下座って有効な手段なんだ!
「働かせてくれるんですね!ありがとうございます!」
「そうは言ってない」
言われてはないけど、そういうことじゃないの?
「利益を出すと言ったな」
たしかにそれは言いました。
「どうやって出すのか言ってみろ。雇うかどうかは内容次第だ」
なんかおかしなことになってるけど、まぁいいや。元からそのつもりで来たんだし。
「ネット販売で売上を伸ばします」
「知名度が低いのにか?」
「そこは私の影響力を使います」
「君の影響力?」
じつは私、お取り寄せグルメ界隈ではそこそこの有名人。
SNSの総フォロワー数は2万人越えで、紹介した商品は即売り切れたりもする。
いわゆるインフルエンサーなのです。
この工房はネット販売をしてないどころかSNSを一切やってない。そこを整えつつ私の影響力を使えば、売り上げを伸ばすことはそう難しくない。
「俺はそういう類が一切できないぞ」
「そこは私に任せてください!」
日向さんは顎に手をあてて、何やら考えている。
大学の合格発表ばりに緊張してきた。
ここで任せると言ってくれなきゃ、マジで今日からホームレス。
どうか、どうかイェスと言ってくれ!
「いいだろう。君に任せる」
「雇ってくれるんですね!ありがとうございます!」
やったぁぁー!!よっしゃぁー!!住む場所を確保できたぞー!
「ただし1年だけだ。ついでに、給与に対して働きが見合わなかった場合は即解雇だ」
期限付き、条件付きね。いいでしょう。受けて立ちますよ。
「分かりました。その条件でお願いします」
やっと握手が交わせた。
今のやり取りで8歳は老けた気がする。
与えられた部屋にはベッドの一つもないけど、そこそこ広くて清潔だった。
てっきり豚小屋みたいな部屋に押し込められると思ってたからちょっとビックリ。
「必要なものは勝手に自分で買え」
どうやら好きに使っていいみたい。でも1年後には出て行くのだから家具は買わないでおこう。
とりあえず一息ついた私は、さっそくTwitterを更新。
住所不定無職になったことはツイート済みだから、今日はこれ!
[突然ですが、今日から“マイスター日向”さんの(自称)宣伝部長に就任しました。住所不定無職に戻らないようキリキリ働きます!]
さて、解雇されないようにがんばるぞー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます