第六話 危険な忠告、強引な誘い
牢といってもそこは外の世界と何ら変わらないように思えた。
アイとの話を終えたあとわたしはAIの牢獄東端にあるキコへと連れらた。二階建てのアパートの一室を与えられそこが今からわたしの新たな居住スペースとなった。
(相変わらず白ばっか……)
家具も日用品も何もないがらんどうな部屋。申し訳程度に窓が飾り付けられていた。
今日からここで住むのか、とどこか冷めた目で見つめてしまう。
「さぁ、ドウゾ。アナタは今からジユウデスヨ」
そうとだけ残してアイはデイスプレイの奥へと消えていった。
一人残された何もない部屋を見渡しそして、笑った。
「ふふっふふふふふ……アハッ、アハハハハハ……!」
(自由……!?これが自由と、あなたは言うのね!?)
何か面白いことがあったわけでもない。が、強いて言うのならば。あのAIとの価値観の相違だろうか。
ともかく。今は笑うしかできなかった。散々笑ったあと、久しぶりにこんなに笑ったな、とわたしは目元を拭いながらそう思った。
***
キコA1地区をわたしは歩いていた。
AIの牢獄には五つの地域がありまたその中にいくつかの地区がある。
東のキコ。西のドシュ。南のアイセイ。北のラッカ。
それぞれの地域にそこを監視するロボットがいて日々、アイの支配下の元、従順に仕事をしている。
(ここらへんには草花一つないのね……)
きれいに舗装された道路のそばには雑草一つ花の一輪すらも見られなかった。
そして、家の一軒たりとも。
(まるで誰もいないみたい)
スッと体を冷たい風が通り抜けた。思わず身震いし体に腕を巻き付けながら足早に歩く。
目的地は、ない。
ただ、いつかどこかにたどり着くだろうとそんなことを思っていた。
行き当たりバッタリなこの考えに失笑が漏れるが何もしないよりかは余程いい。
「たまには、こういうのもいいわよね」
だいぶ歩いた頃、目の前に商店街が見えた。おそらく白を基調としているAIの牢獄では珍しい昭和感にあふれる色彩だった。
キコ商店街。
そう書いてある古ぼけた看板の下を通り商店街へと足を踏み入れる。
八百屋、果物屋、雑貨屋、調味料屋。
これと言って特に変わったことなどはない。店の店員がロボットというだけで。
(ここ数年でロボットを人員とする店が多くなってきていたわね)
人員削減に伴うコスト削減。
少子高齢化が猛スピードで進んでいる現代日本。若い働き手が足りなくなったその代替に。採用されたのがロボットだった。
ふと。店と店の間が異様に暗く奥まで続いていることに違和感を持った。
(一体何があるのかしら……?)
店と店の暗い闇。
昔ながらの日本ホラーであるならば。ここから何処かへ連れ去る手でも出てきそうだ。
記者としての直感がわたしに告げている。この先にはナニカがあると。
「……………………」
妙に引き込まれるこの感覚。
体の向きを変えその女子供がギリギリ通れるかどうかどうかの隙間に足を踏み入れようとした、そのとき。
「好奇心は猫をコロス。……なぁオマエ、死にてぇのか?」
不意に耳元で低く粘つくような男の声がした。
手ではなく。わたしの口から「ひっ」、と変な声が出た。
ばっと振り返ろうとするもその男は肩に手を置き振り返ることができないようにする。
「ココで生きていきてぇんだったら、知らねー方が身のためだ。………そうだろう?ヤベーとわかってて行くのは」
男は一旦言葉を区切り、肩に置いた手をどかす。
「ただのバカだ」
ゆっくりと睨みつけるように振り返れば、そこにはニタっと嫌な笑みを浮かべたガタイのいい長身の男が立っていた。
ヘドロのように纏わりつくような視線で上から下まで睨め回される。
「………………なぁ、少し俺と周ろうか」
唐突にそう言われた。
「………………は?」
「ああそうだな、それがいい」、と言って男はわたしの腕を引っ張り歩き出す。バサリ、と男が纏っている黒いコートが翻った。
「ちょ、ちょっと!やめてッ」
腕を振り払おうと抵抗すると男はぐいっと抱き寄せ囁いた。
「捕まりたくなきゃ、大人しくしてろ………ッ」
「………っ」
ドスの利いた声でそう言われた。
(なんなのよ)
抵抗するのが得策でないと判断し大人しく言うことを聞くことにした。
(………捕まる?この牢の中で………?)
意味がわからなかった。
ジャラリ、と男の身に付けた鈍い銀色の鎖が揺れ、ふわりとなにかの香りが鼻腔をついた。
「……………………?」
それは、いつかどこかで嗅いだ匂いのように思えた。
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