第二章 牢と言うなの自由なセカイ

第四話 白い部屋と回る歯車

酷い息苦しさとじっとりとした汗の不快感にはっと目を覚ました。


(さっきのは、あれは一体なに……?)


何か、おぞましいモノに囚われたような気がしたが、わたしはそれがなんだったかいまいち思い出せなかった。


(それよりここは……どこ?)


見渡す限りの白い部屋、もしくは空間のような場所に仰向けで倒れていた。


(どこかの部屋?……何もないわね)


手掛かりになりそうなものも、ここには物という物が無かった。


取り敢えずスマホで助けを呼ぼうとポケットに手を入れたとき自分が罪人としてAIの牢獄へ容れられたのを思い出した。


(スマホは入獄前に没収されてしまった。助けを呼ぶことは………できない)


いや、そもそも。罪人に助けなど来ないか。

「…………アハ、ハ」

どうしたものかと途方に暮れているとヴン、という音がして前方に幾何学模様の歯車が映し出された。


「ヨウコソ、AIの牢獄へ。カタセミコトさん」


歯車が回り無機質な声が響いた。

「…………………………フフ、アハッ」

こんな状況だというのにわたしは笑ってしまった。そして自嘲気味に言葉を漏らす。

「思いも……よらなかった?また、私に会うなんて」

前髪をクシャ、とかき乱しわたしは微笑した。


(どうして、こんなことに)


僅かな間のあとアイは、「イイエ」、と言葉を続けた。

「タシカに。アナタと会うとはオモイもヨリマセンデシタよ」

「…………………?」


どこからか。いつからか。


「デスガ」、とアイは続けた。

「イズレは……来るダロウ、と思ってイマシタよ」


『感情がない』、と言われているはずの。このAIが。嗤っているように、感じた。


(いずれ、来る?)


その一言にすっと目を細める。

ふつ、ふつとわたしのなかで何かが熱を持った。


(それはまるでわたしが何らかの犯罪をすると決めつけていたようじゃない)


「…………それはわたしが罪を犯すとでも?」

目の前のディスプレイを睨みながら言う。口からは思っていたよりも怒りの感情が混ざっていた。


(おもしろくないわ)


何も知らないくせに。そう、決めつけられるのは。

わたしの気持ちを考えずソレは言う。


「現にそうではアリマセンか。アナタは罪を犯してここにいる。なんのマチガイもアリマセン。……デスがスコシゴヘイがありマシタね」

一旦言葉を区切りアイは、くるり、と歯車を

回した。

が、ハンザイシャにナルとはオモッテなどイマセンが、アナタが、ハンザイシャにナルとは、思ってイマスよ………」


ザザ、とノイズが走った。

くるくるくるくる。まるで嘲笑うかのようにアイは歯車を回す。


(わたしが人間だから………?)


人間という括りでそう言ったのだろう。


けれどそこに人間に対する差別的なものを感じた。世間一般で人工知能アイに感情は無い、とされている。ならば、これは人工知能アイが統計的にみた結果なのだろうか。それとも、誰かがアイにそう教え込ませたのだろうか。


(もし。そうなのだとしたら………)


薄っすらと寒気を感じた。

「デハ、早速ハジメましょう」

思索に耽っていたわたしはアイの言葉で意識をそちらへ向けた。

歯車の数を増やしアイは淡々と言う。



「アナタの罪は、なんデスカ?」



ゴウン、と音がして僅かな浮遊感がわたしを襲う。平面にしか聞こえてこなかった声が、今は四方八方全てから響いている。


(立体音響……!)


「教えナサイ、アナタの罪を」


グワングワン、と声が反響し頭が割れるような痛みを訴える。

「……………………っ!」

頭を抑え首を左右にゆらゆらと振る。

「違う……わたしじゃないっ………わたしは、やって」

痛みに顔を歪めさせながらわたしは自分ではない、と訴える。


(頭が………ッ、どうにかなりそう!)


いつの間にか、そこは白い部屋では無かった。壁という壁全てに歯車が浮かび上がっていた。

くるくるくるくる。その歯車は無数に増えては消え、大きさを変え回り続けていた。

「……お願い、信じて…………ッ」

ゴウンゴウンゴウンゴウン。

僅かな揺れと不確かな浮遊感。それはまるで、心模様を表しているかのようだ。


「アナタにココロアタリのアルモノに対シテは正直、どうでもイインデス」


(…………………え?)


唐突に告げられたことに一瞬、思考が停止する。

ゴウンゴウンゴウンゴウン。


「ナゼッテ、ソウデショウ?」


揺れ動く視界の中でアイはいった。


「アナタの罪は、AIの牢獄ここへ来たことデスカラ、カタセミコトさん」


理不尽。

そう声を発する歯車はまるで。いや。本当に嘲笑っているかのようだった。















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