第三話 門
人は闇を恐れる生き物だ、と書物に遺したのは一体
誰だろう。
パトカーに押し込まれた後、冠城ら捜査員と共に長い階段を降りていた。カツン、カツン、と甲高い靴音が反響し、なんとも言えない不快感を抱く。
「………………」
時折。先頭を行く冠城がわたしに視線をよこす。刑事らしい冷たいその視線は何か言いたげな雰囲気を孕んでいた。
一体何だというのだろう。
「わたしに何か」、と渋々問おうとしたとき永遠に続くかに思われた階段に終わりが見えた。
「ふぅ……、やっと終わりですか、」
「長かったですね……」
壁にもたれ掛け疲弊しながら捜査員たちは口にした。
「………………ここ、は?」
美琴の眼前にそびえ立っていたのは仰ぎ見る程に巨大な鉄格子の門だった。高さ七、八メートルはあるのではないだろうか。装飾の類は一切無く、無骨故の威圧感を感じる。
あたりを見回し捜査員たちが驚いていないところを見ると、冠城を含め彼らは来たことがあるのだろう。
冠城は門の鉄格子に手を掛けわたしたちに背を向けながら話し出した。
「これはな……」
そっと古びた格子を冠城は撫でた。その姿はどこか、悲しげに感じられた。
「牢獄とこちらを繋ぐ唯一の門だ」
振り向くことなく彼はそういった。
「…………………え?」
すっと胸の奥が冷えるのがわかった。ドクンっと心臓が跳ね上がり目の前の門から目が離せなくなる。
「……ちょっと待って……、わたし、この門以外からAIの
声が否応なく震え、体がじっとりと熱を持つ。
ばっと捜査員たちが顔を上げ互いを見合わせた。冠城は目を細め、視線を門の奥へと向けた。
「なら、あれは何」、と続けようとするも冠城の、「それはありえない」、という声に遮られた。
「AIの
「でも……」
「それ以上話すなァッ……!」
尚も食い下がる美琴に対し冠城は鋭く怒声を上げた。
「………………っ」
ビリビリと肌で感じる異様な威圧感に押し黙った。いや、押し黙るしかなかった。この門についてなにかあるというのか。それとも。
「時間だ」、といささか苛立った声で言い冠城は懐から鈍く銀色に輝く鍵を取り出した。ガチャンっと錠が開き再度門に手をかけぐっと押した。ギイイイイイ、と年季の入った軋む音がして地獄への通路が開かれた。
「…………ぁあ〜、よいしょっと」
門が半分ほど開いたとき、捜査員の一人がわたしの腕を強引に掴み冠城の横まで引っ張っていった。
「……………………………っ」
もつれる足が音を鳴らした。助けを求めるようにわたしは彼を見つめた。
「……………………っとー」
捜査員の彼は困ったように頬をかくも私の腕を離しそそくさと仲間の元へ戻っていった。
すっと冠城が近づきじっとわたしを見つめる。すると、不意に肩を二回ポンッと叩いた。
「……………?」
わけがわからず呆然としていると彼は言った。
「悪運が強かったな、片瀬美琴。だが、覚えておけ。お前がいつ、どこで何をしようと俺が必ず捕まえる……ッ」
妙に殺気立った目でそう言うと冠城はわたしの体を掴み門の中へと押し入れた。
「待って……っ!お願い、話を聞いてっ!!」
ドサッと倒れそう言うわたしの前で門は無情にも閉じていく。急いで立ち上がり門へ触れようとしたとき、ビービー、と無機質な警告音が響き渡った。
天井から分厚いゲートが降り、こちら側の門を塞いだ。
「あ、あ………」
途端。一切の光が遮断され恐怖が全身を駆け回った。ガタガタと体が震え心臓の鼓動が速くなる。
すると。
ずり………ずり…………ず、り…………………。
なに?
ナニカが体を引きずる音が聞こえ始めた。それも一つではない。二つ、三つ。いや、それよりももっと多いナニカがゆっくり、ゆっくりと近づいてきてくるのが感じられた。
不快な。粘つく。ヘドロのような空気がねっとりと絡み付く。
来ないで、と心のなかで強く願った。
無数のナニカが闇の中、這う音のみが木霊する。
ずる……ずる……………ずる、り。
粘つく泥のような闇が纏わりつき。ズン、と身体が重くなる。
べちゃ………べちゃ……………………べちゃ。
「ひっ………、あ、ああ……」
両手、両脚、髪が物凄い力で引っ張られていく。
―――ア、アァ……ア
――ユ、ユル、
不気味な声が脳裏へと直接響いた。
――ユル、サナイ
「…………………ぁ…………」
わたしの意識はそこで途切れた。
人は闇を恐れるのではない。
今まであったものが失われるときこそが闇の中であり、わたしたちが恐れるものはただの幻想なのにすぎない。
***********************
一方。閉ざされた門の前で冠城はガシャァン、と門へ腕を振りかざしていた。
「くそォォ………ッ!!」
はぁはぁ、と息を上がらせ突如天井から降下してきたゲートを睨む。
一体どうなっているのか、冠城には見当もつかなかった
「冠城さぁん。悔しいのはわかりますが、仕方ありませんよ」
「そうですよ。……まぁ、こんな中途半端で信憑性のない証拠で逮捕するのもどうかと思いますけど。上の命令ですしね~」
そう言って笑い二人は階段を登りだした。
なぜ笑っていられる。
「冠城さんにとっちゃ不本意でしょうね」
「だろうな。でも、ま。さっさと捜査が終わってよかったんじゃないの?」
「ですね!」
不本意どころの話ではない。こんなの、こんなのは―――
「最悪だ…………」
背を門へ寄りかからせズルズルと床へ座り込んだ。
コレが、正義なのか。
コレが、正しい
「片瀬……、俺は必ず……ッ」
こんなものが、正しく。国が望む、正解なのか。
すっと開けられた冠城の瞳には確かな憎悪が。ゆらりと炎のように揺らめいていた。
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