第4話


「はぁ…」


リリィを見送った後、俺はここから先どうするかを考えていた。もう辺りは真っ暗で、月明かりでしか周りを見ることができない。


「人様の事情に何も知らない俺が首突っ込む訳にもいかないしなぁ…」


リリィは明らかに面倒臭いことに巻き込まれている。それはさっき聞こえた叫び声でなんとなく分かった。

ただ、追いかけた所で今の俺にリリィの事情をどうこう出来る力はないんだよな…


「リリィが立ち去るときに見せた、あの苦しそうな表情も気になるしな~」


俺が追いかけるか追いかけないかで迷っていると、


ズズッズズズッ


突然、どこからか何かを引きずっている音が聞こえた。


俺は咄嗟に近くにあった木の陰に身を隠し、覗くように顔を半分だけ出した。

真っ暗な森の中、僅かな月明かりで見える範囲で探すと…


熊がいた。それも大きい。


どう見ても今まで動物園などで見てきた熊とはレベルが違うようなサイズだ。

確か元いた世界では熊の平均サイズは1.5~2.0mくらいだろうか。そのサイズでも十分人間にとっては脅威になる存在だったのだが、今見えている熊はそれの比じゃないくらいデカイ。


「立ったら何メートルくらいあるんだ…」


あのサイズだったら引っ掻かれただけで肉が裂けそうだ。

というよりか熊の下にあるデカイ魚みたいなやつの残骸がその威力を物語っている。


「あの魚の鱗、月明かりを反射して光ってるぞ。固そうなのにあの姿かよ…見つからないようにしないとな…」


そう呟いて、この場を離れた。


ーーーーー

ーーー


「ふぅ…この世界で夜に出歩くのは止めた方がいいかもしれないな。さっきの熊みたいなモンスターに会ったら生きていられる自信がない。」


とりあえず、リリィに送ってもらった場所から少し離れた場所に来た。

ここは山から出っ張ってるところで、周りがよく見えるので索敵がしやすい上に、洞穴があるので寝床にも困らない。


「さて…ここからどうしようかな…?」


リリィがいなくなってしまった以上、この世界の地理や常識を把握している人がいないので、下手に動けば死ぬかもしれない。


「出来れば街とかに行ってみたいんだよなぁ~。お金を稼がないと生活出来ないし。」


後のことを考えると、この世界での価値観や常識を早めに学んでおきたいところではある。

街とかに行けば図書館的なところもあるだろう。多分。


「とりあえずこの夜を乗り切らないと進めないから、徹夜で周囲を警戒しておかないとな。」


久しぶりに徹夜で起きることになってしまった。あっちの世界で最後に徹夜したのなんていつだ?

中学生の頃はよく友達と徹夜していたが、高校になってからあまりしなくなった気がする。

理由としては起きているより寝た方がいいという結果が出たからだ。無駄に起きるより寝た方が健康にもいいしな。後、シンプルにきつい。


「まあ…死ぬリスクに比べたらキツいなんて言ってられねぇ。死ぬよりかはマシだろ。それよりも…」


今、俺が気になっているのはリリィのことだ。


あの別れ際に少しだけ見えた表情は苦しそうだった。ただの用事を片付けるだけであんな顔をするだろうか?


その場に座り込んで、考えていると…


ドォォォオオオン!!!!!


「な、なんだ⁉」


急に闇夜の中で目映いばかりの光が目に飛び込んできた。


「うっ…眩し!!」


暗闇から急に明るくなったことで視界が少しの間だけ閉ざされ、今起こっている出来事を処理するのに時間が掛かりパニックになってしまった。


「ようやく目が回復してきたな…。今のは何だったんだ? 」


今いる場所よりも少し遠くの、森の端の方で、何かが暴発したような音と光が発生したように見えた。

さらに、すぐ後から煙が立ち始めた。


「向こうで何が起きてんだ?」


凄く気になるが、何かが戦ってるのだとしたら俺が向かったところで秒で土に還ることになるのは目に見えている。


「って、待てよ…。あの方向ってリリィが用事があるとか言って向かった場所じゃないか?」


そこまで考えて一瞬嫌な想像が頭を過った。


「…まさか、な。リリィは普通の用事って言ってたし大丈夫だろ…」


…………… 。


気付いたら走り出していた。俺が行ったところで何も出来ないことは分かっている。それでも、向かわないなんて俺には出来なかった。


「クソッ…夜だと森の中走りにくいな。2メートル先ぐらいまでしか見えねぇ。」


僅かに木々の間から入ってくる月明かりを頼りに、ひたすら走っていく。

一応元の世界では運動部だったんだ。体力には少し自信がある。

着く頃には疲れているだろうけど、気合いでなんとかするしかない。


そんなことを考えながらしばらく走っていると、


ぬるっ


何かを踏んで思いっきりヘッドスライディングしてしまった。


「いててて……なんだ? ぬかるんでいたのか?」


すぐに起き上がり滑った所を見ると、


「え?」


魚がいた。それもズタズタにされている。


ちょっと待て。こいつ最近どっかで見たような…


俺が記憶を遡っていると、


バキバキバキッ


背後からそんな音が聞こえた。それと同時に思い出した。俺の記憶が間違っていなければ、この魚をこんな風にズタズタにしたのは…


グオァァァアアア!!!!!


やはり熊(こいつ)だった。


「よりにもよってこのタイミングかよ… 。ハハッ俺も運がねぇ。ここまでくると笑えてくるな…」


今にも飛びかかってきそうなやつを前に、俺は頭をフルで回転させてどうやってこの場を乗り切ろうかを考えていた。


「さて、どうしますかねぇ… 。今のままだとどうやっても即死エンドが見えるんだよな…」


多分寝てないせいだと思うんだが、不思議と恐怖は感じられなかった。転生初日にドラゴンを見てしまったのもあると思うが。


相手は様子を伺っているのか一定の距離から入ってこない。


「このまま見逃してくれると有難いんだけどなぁ…」


流石にそうはならないよなぁ… 。背中を向けたら飛び掛かられそうだ。


そんなことを考えていると、


「グォォオオオ!!!」


先にあっちから仕掛けてきた。その図体からは想像も出来ない程のスピードで距離を縮め、立ち上がり、自分の太腿よりも一回り大きい腕を俺の頭目掛けて降り下ろしてきた。


シュッ


「あっぶねッ」


ドゴォン!!!!!


体を横に反らしてそのまま跳び、受け身を取って地面に転がる。

避けた腕が地面に当たって砂埃が舞った。砂埃が晴れて元いた場所を見ると、


「…うわぁ。あんなん頭に当たったら怪我どころか頭が柘榴みたいになりそうだな…」


太い腕が地面にめり込み、そこを中心に小さいクレーターができていた。それだけで、どれくらいの威力があるかは容易に想像出来る。


「あれを避けながら爆発音があった場所に向かうのは中々骨が折れそうだ。」


一番いいのは逃げ切ることなんだが、こいつは追ってきそうだ。追い付かれた場合、為す術なく頭を持っていかれるだろう。それだけは避けたい。


「せめて、隙が作れたらな…」


そこまで言って一つ策が思い浮かんだ。

ただ、この策を使う場合は相手より半径1メートル以内に入らないと成功率が格段に低くなる。

そして1メートル以内に入る場合、相手の腕が届くか届かないかのギリギリを責めることになる。


「一か八かでやってみるか…」


そう言って熊の方に向かって走り出す。突然相手が自分に向かってきたのに反応が出来なかったのか、少しだけ熊の動きが遅れた。


「これでも食らえぇぇぇーーーッ」


走る勢いをそのままに、相手に向かって跳び蹴りを食らわせる。

跳び蹴りが綺麗にお腹に入った。


だが…


「グォアッ!!!」


「うわっ」


あのデカイ図体に効くはずもなく振り払われてしまい、地面に転がる。


「ぐっ…クソッ」


肩で息をしながら熊を睨み付ける。それを見て相手は俺を自分よりも格下だと思ったのか、ゆっくり近付いてきた。


そして、目の前まで迫ってきた瞬間_


「引っ掛かったなッ。本命はこっちだ!」


相手に叫び、自分の手に握られていた砂を熊の目に投げつけて、目潰しをした。


「グォッ!…グルルルル」


不意打ちでやったからか効果は抜群だったようで、相手は目を擦りながら悶えていた。その隙に俺は走りだし、あいつを撒くことに成功した。


「はぁ…はぁ… 。ここまで来たら大丈夫か。」


後ろでは熊が未だに悶える声が聞こえる。そのまま走ると、森の終わりが見えてきた。


そこで目に映ったのは___


「ぐっ…ここまでか…」


「ハハハハハハッ 。もう抵抗は終わりか? じゃあ連れていかせてもらうとするか。」


倒れているリリィと、知らないおっさん二人だった。それを見た俺はどこからか怒りが沸き、走り出していた。


おっさんがリリィに手を掛けようとした瞬間、


「俺の知り合いに手ぇ出してんじゃねぇーーーッ」


そう叫びながら太っていたおっさんをぶん殴った。


突然の出来事に俺以外は皆呆然としていた。


「大丈夫か、リリィ⁉ 助けにきたぞ!!」


「へ?」


リリィはしばらくの間、ポカンとしていた。



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