「起立。気をつけ、礼。」


「「「「さようなら」」


日直の号令でクラス全員で礼をする。


「聖来、また明日!じゃあねー!」


挨拶が終わった途端に咲良がカバンを持って即教室を出ていく。なんか、今日は好きな漫画の最新巻が発売されるらしい。


さて...私も行きますか。


みんなが教室を出ると同時くらいに私も先生から音楽室の鍵を受け取り音楽室へ向かった。




「全然....分からん......」


音楽室でピアノを弾き始めて1時間半。私はずっとコンクールで弾く曲を練習している。しかし....


「なんか...違うんだよねー。こうもっと、優しい音色だったような.....」


私はどうやっても自分の思い描いている音が出ずに悩んでいた。

小さい頃に何度も聞いたお気に入りの曲。


これは、ある作曲家が愛する人との生涯を描いた曲と言われている。


休憩しよ。


弾けなくなったら何度も弾くんじゃなくて少し休憩するのが良いって本で読んだことがある。


そう思い音楽室の扉を開けて下の階にある自販機スペースに飲み物を買いに行く。




自販機にお金を入れて目当てだった新作のラテ茶を押す。


そーそーこれ飲んでみたかったんだよねー。


「あれ?聖来?」


私が満足そうにラテを持ってると後ろから知ってる声が私を呼んだ。

後ろを振り返ると違うクラスの友達である賀川風美かがわふみがいた。


「風美!」


私がそう言うと風美は一緒にいた友達と思われる人たちにちょっと行ってくると行ってこっちに来た。


「いいの?部活じゃないの?」


風美はスポーツ推薦でこの高校に来ていて、テニス部だ。推薦なだけあって1年生の頃から全国大会などに出ていた。そういう風美とも校内を迷ってる時に出会い仲良くなった。1年の頃は私と咲良それに風美でいつも一緒にいた。2年でクラスが離れても未だに3人でお昼を食べたり遊ぶ仲だ。


「いいの、いいの。今休憩中だから。水買いに来た。」


そう言うと風美は自販機にお金を入れてミネラルウォーターを押す。


しゃがんで風美が出てきた水を取る。


「そういえば咲良は?」


「あー、なんか漫画の新巻が出たから即帰ったよ。」


「なるほどね、咲良らしい。」


「聖来は?」


「ピアノ。もうすぐコンクールが近くてさ。」


そう言うと風美は苦笑いする。


「聖来も咲良もハマるねー」


「そういう風美もかなりじゃない?」


「いやいやー。」


風美は私なんかと首を振る。


いや、ハマらなかったら全国とかには行けないと思いますけど...


「おーい!風美!そろそろ休憩終了ー!」


「あ!了解ー!」


風美は呼びに来た友達に返事をするとピアノ頑張ってねと私に行って走って行った。


「さて、私も戻るかな。」


少し友達と話したら調子戻って来たような気がするし。




音楽室に戻ってくる途中で音楽室から突然ピアノの音が聞こえた。


え.....


私以外に音楽室の使用申請した人がいてもおかしくない。でも、音楽室を使う人が他にもいたら先生が教えてくれるのでは....?まさか.....おばけ.....?


でも、この音....


聞こえてくる音はまさに私が足りないと感じていた違和感をドンピシャに埋めてくれる音だった。今聞こえてくるこの曲はかなり強めの曲のはず。なのにこんなに優しくもあり力強く弾けるなんて。


引け腰で音楽室の扉に手をかけ、扉を開ける。


中にいたのは私の高校の制服を着た男子生徒だった。


「あ、あの.....」


私が声をかけると少しビックリしたように肩を震わせ振り返った。


胸元のバッチを見る。


私の学校は1年は赤。2年は緑。3年は青のバッチをつけなければならない。


その男子生徒のバッチは青。ということは3年生。


「あ、ごめんなさい、中断させちゃって。」


「いや、こっちこそごめん。」


そういう声に胸元から目線を外し顔を見る。


「............」


ほど良くカットされた黒髪に吸い込まれるような黒い目。いわゆるイケメンというやつだろう。


しかし、それとは別にこの人とはどこがであったことがあるような気がした。


「え、えっと.....俺の顔になんかついてる?」


戸惑ったような声が聞こえる。


やばい、見過ぎた。


「え、い、いえ!ごめんなさい!............................あ、あのピアノお上手なんですね。」


慌てて話題を変えるように言えば


「ありがとう。ずっとやってるんだよ、ピアノ。」


と返ってきた。


「そ、それで、あの、えっと....」


続きが言えずに戸惑ってしまえば察してくれたのか先輩の方から声をかけてくれた。


「ごめん、練習中だったろ?俺、帰るから練習続けてて。」


「あ、いえ違くて.........あの、時間があったらなんですけどピアノ..............教えてくれませんか!」


後半ほぼ叫ぶように言うと返ってきたのは沈黙。


やっぱり、迷惑だよねー..........


「やっぱり、だいじょ」


「良いよ」


「え?」


私の声を遮って聞こえてきたのはまさかの肯定の言葉。


「良いんですか........?」


私がそう聞けば先輩はうんと頷く。


「でも、受験とか....」


この時期、3年は受験に向けて大忙しのはずだ。自分で頼んでおいてあれだが私のせいで万が一大学とかに落ちたら大変なことになる。


「あーそれは平気。」


その返答にホッとする。就職か既に行く大学が決まっているのだろう。


「じゃ、じゃあお願いします。」


「うん、よろしく。俺は雨宮優あまみやゆう。君は?」


アマミヤユウ



『はじ...................こ....................ゆ.......』


え?


雨宮先輩の自己紹介を聞いた途端に頭の中に突如として声が響く。


なに.....今の......どこかで聞いたことがあるような声...不思議と怖い感じはしなかった。小さい頃の記憶だろうか........


「大丈夫....?」


私が黙って俯いていたのが不思議に思ったのか先輩が聞いてくる。


「あ、なんでもないです!ご指導よろしくおねがいします!四ツ橋聖来です。」


私がそう言うと先輩は近くにあった楽譜を手にとってこれ?と聞いてくる。


「はい、それです。」


先輩は楽譜に視線をおとす。


「じゃあちょっと弾いてみてくれる?」


「はい!」


先輩に弾くように言われて少し緊張しながらピアノの椅子に座る。


ピアノを弾く前のルーティンである深呼吸を5回するとそっと腫れ物を扱うように鍵盤手を置く。


あれ?これ.......なんか......違和感........


少し違和感を感じながら弾き始める。


最初は転ばないように気をつけながら指を鍵盤に滑らせる。リズムを乱さないように一定の速さで。

次は右手のリズムから左手のリズムに変わる。右手はそっと左手の音を際立たせられるくらいの大きさで。

終盤は一気に速くなりここがこの曲で1番難しいとされている所。ここの部分はこの曲を書いた作曲家が妻が死んでしまった絶望からまた立ち直り未来に向けて歩んで行くシーンを描いてると言われている。


なんとかミスもなく弾き終えた私は安心しながら先輩の評価を待つ。しかし、数十秒経っても評価は返ってこない。ずっと私が渡した楽譜のコピーを睨む。


「あの、先輩?」


私が声をかけると先輩はやっと顔をあげた。


「何もミスってないし、音の強弱もあってるけど。これのどこが不安なの?」


そう、音も強弱も完璧なのだ。どんなことは分かってる。


「最後のところなんですけど、私が思い描いてる弾き方で弾けないんです。それで、お願いなんですけど.....弾いてみてくれませんか...?」


「俺が......?」


「はい、あの迷惑なら別に........」


遠慮がちに言うと先輩は良いよというようにこっちに歩いてきた。


慌てて椅子から立ち上がり席をあける。


先輩は椅子に座ると1度鍵盤を優しく撫でる。それはまるで大切なものを触るような触り方だった。その後に1回深呼吸をしてから弾き始める。


最初は私と同じように転ばないように一定のリズムで指を鍵盤を滑らせる。

次も同じように左手へとリズムが変わる。ここまでは私と同じ。

違ったのはその後だった。


最後のところはこの曲の中で1番速い。愛する妻を失うという悲しみから立ち直りそこからまた未来に歩きだすシーン。ここはその作曲家の心を表すかのように力強く弾かなくてはならない。

でも、先輩は違った。

力強くもありそれと同時に優しい音色だった。これはまるで愛する人を亡くしたあと立ち直らずに自分も一緒に死んでしまう、いわばロミオとジュリエット。そんな光景が思い浮かんだ。


演奏が終わる。まだ、聞いていたい。そんな気持ちしかなかった。


演奏が終わると先輩はこっちをみてギョッとしたように身をひいた。


「え?だ、大丈夫?俺なんかした?え、なんで泣いて....」


先輩に言われて始めて気がつく。自分が泣いていたことに。


「あれ....なんで?おかしいな。なんで....」


拭っても拭っても涙は止まらない。先輩、驚いてるに違いない....早く謝らないと....


私が先輩の方を見ると今度は先輩の表情を見て驚く。


愛しい人を見るような優しい微笑み。


『優!』


頭の中でさっき聞こえた声がまた響いた。


あなたは、誰ですか.......






















































































































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