第2話 事件編その二

 永場をドラゴンカーセックスに見立てて犯してもなお、私の頭脳に天才的なひらめきは降ってこなかった。ただこのセックスの方法は非常にやりにくいということが分かっただけで、木製の車型箱を作るためにかかった経費だけがただ私を苛立たせるという、そんな結果に終わった。

 永場に座りながらリビングで一服する。インスタントコーヒー。美味い。

「おい椅子」

 私の尻の下で跪いて四つん這いになっている永場に訊ねる。

「妙な格好で好きでもない男に犯されるっていうのはどんな気分なんだ?」

 永場は答えない。仕方ないので私はテーブルに用意していた鞭で永場の尻をひっぱたく。

「答えろ」

「く、屈辱です……」

「だろうな」

「でも、それが、いいです……」

 どうしようもないメス豚だ、こいつは。

「もういい」

 再び鞭を振るって、私は立ち上がる。すぐさま永場が私の足に縋りついてスリッパを舐める。

 私は永場を蹴り上げる。汚い涎で私のスリッパを汚すんじゃない。

「罰としてその箱の中に入っていろ」

 私は車型の箱を示す。永場はおずおずとその中に入る。

 さて、これからは放置プレイだ。ただ適当に過ごしているだけで永場は股間を濡らす。その濡れた股間に再びペニスをねじ込む。

 さすがに二度もドラゴンカーセックスをすれば何かつかめるだろう。

 そう思っていた。

 しかし二度のドラゴンカーセックスに及んでもなお、私は何も得られなかった。どうも永場の尻ではダメらしい。



「捜査状況は?」

「一向に進まん」

 西島が疲れた顔で首を振る。例によって私の研究室。外は寒いというのに、ご丁寧にジャケットを脱いでいる。暑そうだ。きっとそこら中駆けずり回って調べたのだろう。

「ドラゴンマスクはやっぱり大手ディスカウントストアで売られているものだった。パーティグッズらしい」

「パーティでドラゴンのコスプレをしたがる奴がいるんだな」

「まぁ、馬や犬のマスクがあるくらいだからドラゴンくらいあるだろう」

「それもそうか」

 それにしてもあれを被って女を犯す神経が分からん。まぁ、考えようによっては女を犯せるのであればどんな格好でもするというのが健全な男性なのかもしれないが……健全の定義については検討しよう……それにしたってボディペイントに尻尾にマスクじゃ支度をしている間に賢者モードに入りそうだ。

「翼は? 犯人のコスプレに含まれていたな?」

「手作りっぽいぞ。映像を見ても造りが荒いし、類似する商品が見当たらない」

「……サキュバスのコスプレなんかがあるな? あれの翼の代用じゃ駄目なのか」

「サキュバス?」

「ああ、何でもない」

 純粋無垢な西島くんを汚してはいけない。

「被害者の近親者はまだ見つからないのか」

「四方手を尽くしているがなかなか……。唯一の親類である弟も見つからない」

「地元の不良グループにいたところまでは辿れているんだな?」

「ああ。その地域を締め上げている組織なんかにも探りを入れたが有益な情報はなし、だ」

 と、西島が暗い表情をしていることに気づいた。私は彼の顔に問うた。

「何か思い当たる節でもあるのか」

 直球で訊ねると、西島は少し言いにくそうな顔をしてから、やがて告げた。

「DVD、俺宛てに届いたよな」

「そうみたいだな」

「俺に関係がありそうだ」

「そうだな」

「調べてみたんだ。俺の関係者で何か本件に繋がりそうな事件はないか」

「なるほど?」

「そしたら十年前、俺が捜査した事件の関係者に一人だけ、『三隅』の名前が出てくる件があった。……いや、嫌な予感はしていたんだ、が」

 西島が懐から写真を取り出す。それは大破した車だった。中に血まみれの運転手と、巨大な鉄パイプ。

「会社の金を着服する過程で同僚を殺した男だ。追い詰めたら車で逃げた。俺はパトカーで追いかけたんだ。で、ある廃工場の敷地まで追い詰めた。前方と左右、三方を車で囲った。投降を命令したんだ。すると……まぁ、ある意味当然っちゃ当然だが……三隅はバックで逃げた。俺たちは一気に距離を詰めた。そしたら……」

 なるほど。私は納得した。

「工場敷地内の飛び出たパイプがバックから三隅の車に突き刺さり、三隅が死亡した、と」

 写真は凄惨な現場だった。車のテールランプの方から錆びて折れたのだろうパイプが突き刺さり、中にいた運転手の三隅の顔を潰してフロントガラスを突き破っていた。多分、だが。頭がどこかに転がっていることだろう。

「俺のキャリアで唯一被疑者を死亡させた事件だ」

「そうか」

 私は写真の中の工場を見た。「竜浜工場」そんな看板が見えた。

「おい、この工場……」

 私が口を開くと西島が頷いた。

「そうなんだ」

「被害者が見つかった廃工場と同じ……」



 さぁ、そういうわけで。

 本件には西島が唯一被疑者を死亡させたという一件が関与していることは間違いなかろう。今西島は極秘で当時の「三隅」に家族がいなかったかを調べている。被疑者死亡扱いなのでおそらく捜査情報は少ないだろうが……当たれるものは当たってみなければならない。

 彼がかつての事件を調べるのに三日ほどかかった。その間私の方でも得られる情報はないか調べてみた。まずあの竜浜工場。

 子供のおもちゃの製造、およびそれをスクラップした上でプラスチック用品に変えるという事業を行っていた工場らしい。少子高齢化に伴い需要が激減、廃業に至ったがなかなか工場跡地を買う者が現れず、廃工場化。場所は時折特撮の撮影などに使われることもあったそうだ。子供の夢を作っていた場所が再び子供の夢のために使われる。そういう意味では素敵な話だったが人の死が絡んだともなればあまりいいものではないのだろう。

 竜浜工場の主要な取引先のひとつに某有名おもちゃメーカーの名前があった。メイン商品は宝箱の前で眠るドラゴンを起こさないようにしながら宝物を回収する、ちょっとしたイライラ棒みたいなゲームで、ここでもやはりドラゴンが姿を現した。

 果たして三日後、西島が私の研究室に姿を現した。顔色が悪く、私は彼にまず座ってコーヒーを一杯飲むことを勧めた。

 一服後、西島がつぶやく。

「あの三隅はやっぱり本件の三隅と関連していたよ……」

 驚くまでもない。

「そうか」

「三隅には二人の子供がいた。三隅夕子と、三隅夕貴」

「姉に弟、か」

 西島は頷く。

「夕子の方が年齢的にも本件の夕子と一致する。おそらくほぼ確定だと考えていい」

 よかったじゃないか。と、私は微笑む。

「方向性が見えてきた」

「いや、駄目なんだ」西島が首を横に振る。

「死体が見つかった」

「……誰の?」

「三隅夕貴のだ」

「弟のか?」

「しかも、だ」

 西島は懐に手を入れると、一枚の紙切れを私に差し出してきた。それはDNA検査のレポートだった。

「DNAが一致した」

 三隅夕子の膣内にあった精液と、だ。

 ドラゴンカーセックス、それに近親相姦。

 特殊性癖に次ぐ特殊性癖で、ちょっとしたパレードができそうだった。

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