ドラゴンカーセックス殺人事件
飯田太朗
第1話 事件編
ドラゴンカーセックス……ドラゴンが車とセックスすること。あるいはその様子を観察することに性的快楽を見出す特殊性癖。擬人化、CG映像化など、様々な形態でアーティストたちがこの表現に挑んでおり、一部界隈では根強い人気を誇る。城やビルなどといった建物と交わる「ドラゴンキャッスルセックス」など派生がある。
*
遺体の発見より先に映像が警視庁に届けられた。
「捜査一課西島洋太様」。そう、宛名書きされた封筒が届けられたそうだ。
西島刑事は身に覚えがなかった。封書など届く予定はない。警戒しながらも開いた封筒の中には、しかし一枚のDVDがあった。サイバーテロの可能性も視野に入れながら、最大限の警戒を以てDVDを開いた。中にはひとつの動画ファイルがあった。
再生した。そしてその映像を見て、警視庁捜査一課は混乱することになる。
まず、箱があった。この箱がおかしいことは目にとれた。箱の後方から丸い何かが突き出している。それが女性の臀部であることに気づくのにそう時間はかからなかった。そして箱。完全な立方体ではない。よく見るとそれは、車のような外観をしていた。いや、窓やサイドミラーなどの装飾から、間違いなく車の模倣であった。すると画面の端から男が姿を現した。
それが男だと分かったのは、裸で性器が丸出しだったからである。しかし恰好が妙だった。背中には翼。もちろんダミーだろう。尻には尻尾のようなもの。そして頭部は謎のギザギザがついた爬虫類のようなマスクで覆われていた。それが総合ディスカウントストアなどで売られているドラゴンのマスクであることに気づいた者がいた。そして体には茶色のボディペイントがされていた。ドラゴンマスクと同じ色だ。しかしそんな発見はどうでもよかった。男性の股間がいきり立っていて、この後何が起こるか容易に想像できたからである。
ドラゴンの被り物をしていた男性が、箱から臀部を突き出した女性の性器に自らを挿入した。そのまま激しい腰振りで女性の尻を犯し続ける。まるで拍手のような、肉と肉とがぶつかり合うある種爽快な音がひとしきり続くと、男性は腰を震わせ吐精した。この間、臀部を突き出した女性は何一つ声を上げなかった。
吐精した男性が、濡れたペニスをそのままに、カメラの方にやってくる。そしてカメラを持ち上げると、ゆっくりと歩き出し、やがて明るい外へと出た。カメラがそのまま映したのは、ある錆びれた工場の、これまた錆びれた看板だった。竜浜工場。東京湾に面する工業地帯の端にある廃工場であることに誰かが気づいた。するとそこに一報が入った。ある廃工場の中から、女性の首吊り死体が発見された、と。
そしてDVDを見ていた刑事たちが案じた通り、その廃工場はDVDに映っていた廃工場だった。箱の中で犯された女が首吊り死体となって発見されたのだった。
*
以上が昨今巷を騒がせているドラゴンカーセックス殺人事件の顛末である。本件は未だ捜査中で、犯人の見通しなどは立っていない。
被害者は三隅夕子、二十六歳。高校中退の中卒で、事件の半年前までさる大手工場のピックアップ作業のバイトをしていた。親類はおらず、五つ離れた弟がいるが、その弟さえ、地元の不良グループにいたこと以外、特に足取りが分かっていない。まさに天涯孤独の身であった。
三隅の死体には抵抗したような跡がなく、裸の状態で見つかっていた。現場写真を見たのだが、それなりにプロポーションはよく、彼女の体によからぬ欲を持つ男性は一定数いそうだと思われた。事実その辺のAV女優よりいい体をしていた。口から泡を吹いて顔面が紫色であることを除けば。
現場には三隅を閉じ込めた箱も置いてあった。鉄製の箱でこの中に閉じ込められたら身動きがとれないだろうな、という代物だった。車の形をした箱で、テールランプの辺りが切り取られて尻がぴったりはまるような形になっていた。三隅はこの箱の中に、まるで和式便所に座り込むような形で閉じ込められていたことが想像された。
膣内からは精液が見つかっていたが現状照合できるDNA情報がなかったので誰のものかは分かっていない。謎の多い事件だった。
……え? 御託はいいから正直な感想を聞かせろって? 仕方ない。じゃあ話そうじゃないか。
困惑した。ハッキリ言って意味が分からなかった。何だこれ? というのが正直な感想だった。
いや、ドラゴンカーセックス自体は知っていた。知っていたとも。壁尻というマニアックな性癖を漁ろうと思ったらそれなりにマイノリティな業界に首を突っ込まないといけない。その過程で様々な性的嗜好を目にすることもある。女性をオーブンレンジで焼いた後に食すというような異常な性癖を見ることもままある。しかし何だこれは、ドラゴンカーセックスはドラゴンがカーとセックスしてるのがいいんじゃないのか。女性を車に見立ててドラゴンに扮した男性が犯すだなんていうのは……ドラゴンカーセックス業界としては……そんな業界あるのか知らんが……邪道もいいところだった。
いや、二次元やCGの業界を見てみれば、車を擬人化したり、あるいは車が女性のような声を上げたりするような作品はある。しかし三次元で実物の女性を相手にこのようなプレイに出たがる男の神経が理解できなかった。それはそう、私の性癖である壁尻で例えるなら、壁に描いた尻の絵にペニスを擦りつけて射精するような、何というか「ちょっと違うだろ」という行為だった。いや、壁尻がないよりは(壁尻にあるだのないだのという言い方も妙だが)まだ壁に女の尻の絵を描いて射精した方がマシと言えばマシであるが、それはある意味「飢饉なら人肉食もやむなし」というような非常手段であって、積極的にとりたい性欲発散法ではなかった。しかもその過程をわざわざ録画した上に他人に見せるなんていうのは……さすがの私も理解が追いつかなかった。
まぁしかし起こった以上はそういう性癖の方がいらっしゃったのだろう。現象は真摯に受け止めねばならない。そういうわけで私は事件に関する資料一式を警視庁捜査一課に依頼して見せてもらった。知れば知るほど、現場は奇異だった。
まず三隅。三隅の首には抵抗したような跡もなければ、一度首を絞めてからぶら下げた、というような妙な跡も発見されなかった。つまりこと「首吊り」ということにだけ焦点を当てれば間違いなく自殺であり、そこに警視庁捜査一課が関与する理由はなかった。しかし先の映像である。少なくとも彼女の死にあのドラゴン男が関与していることは間違いない。
次にあのドラゴン男。ボディペイントとマスクのせいでほとんど特徴が分からない。身長はおそらく百七十センチほどであることは推測できたが推測の範囲を出ない。一応現場周辺の監視カメラを調べたが近似する人物が多いのとそもそも探したい人の特徴がぼやけすぎているのとで特定までには至らなかった。
つまり強烈なセックスシーンを見せた挙句に女優は首吊り男優は行方不明というにっちもさっちもいかない事態であり、捜査はいきなり難航した。我が盟友(こう言うと西島が壁尻信者みたいに聞こえるだろう?)の西島洋太刑事はすぐさま私に相談してきた。とはいえ、私にも助言できる内容は少なかった。
「一旦三隅の首を絞め上げていたロープから購入者を辿ってみるのがいいだろう。生産ラインなんかは分かっていないのか」
「さるメーカーが作ったものだということ以外は特に何も。より厳密に調べれば多少のことは分かるのだろうが、予算が……」
「まぁ、そうだろうな」
人命がかかっているのに予算もへったくれもなさそうだが、しかしまぁ、警察にもできることとできないこととあるだろう。
「三隅の交友関係は?」
「ほぼない。アパートの隣人が何度か挨拶したことがあるそうだが、それ以外は恋人も友人もいないらしい」
「三隅の趣味は?」
「こんなのが見つかっている」
と、西島は写真を見せてきた。
「……ミニカーか」
「ああ、『車』だ」
そこに写っていたのは多種多様なミニカーの写真だった。ざっと目に付くだけで百体はある。レトロなものから最新のものまで、各種取り揃えていた。ここに来て若干、ドラゴンカーセックスの「カー」の部分は繋がりが見えたことになる。
「ドラゴンの模型らしきものは見つかっていないんだな?」
「見つかっていないが……」
「……が?」
「三隅はあるゲームの愛好者だった。様々なモンスターを狩っていくというゲームなんだが、そのゲームで有名なモンスターと言うのが……」
「ドラゴンなのか」
まぁ、ファンタジーの世界では定番なのかもな。ここに来て「ドラゴン」の部分も見つかったことになる。
「ドラゴンとカーは何となく出てきたが……」
「どちらも趣味の域を出ないし直接繋がったわけではないな」
「その通りなんだ」
沈黙する。私も西島も特にアイディアが出てこない。
ひとまずその場はお開きとなった。西島が私の研究室から去る。
残された私は再び事件現場の写真を見てみた。そして、何となく、あるアイディアに辿り着いた。
*
鉄の箱を細工するような技術は持ち合わせていなかったので、やむなく木製とした、厚手の板を使って作り上げた。
製作期間二週間。ついに完成した木製車模型を見つめた私は、足元で釣り上げられたマグロのように横たわっている永場を見下ろした。
彼女の肛門にはフックが刺さっている。そしてそのフックにはゴム製の紐がついていて、真っ直ぐに永場の頭部に伸び、さらにその端に括りつけられた鼻フックが永場の鼻の穴を豚のように広げている。鼻フックが苦しくて顎を引けば肛門にフックが食い込み、肛門のフックを緩めようと腰を引けば鼻のフックが食い込む。そんな仕様である。もちろん手足は拘束しているので自由に動けない。
「おい豚」
私は足元の永場に声をかける。
「この箱に入れ」
「うぐぐ……」永場はボールギャグ……ボール状の猿轡のようなものだ……を嚙まされているのでまともに話すことができない。私は永場の頬をひっぱたく。
「おい。この箱に入れ」
「ぐっぐ……」
「ああそうか。縛っているから動けないんだったな。仕方ない。私がやってあげよう」
永場は小柄なので軽々担ぎ上げることができる。私は彼女の尻と鼻からフックを外すと、米俵のように担ぎ上げて木製の箱の中に閉じ込めた。尻を引っ張り、車型の箱から露出させるのも忘れない。
私は服を脱いだ。裸一貫になる。箱から尻を性器を露出させた永場は形態の変わった壁尻のように見えた。しゃがみこみ、永場の性器にペニスを入れる。尻たぶをひっぱたく。
「ぐう、ぐっ……」
箱の中からくぐもった声が聞こえてくる。かわいそうな女だ。
そう、私はドラゴンカーセックス殺人事件の模倣をしてみようと思ったのである。箱に女を閉じ込め性器だけを露出させるというのは捉えようによっては壁尻だ。これはもしかしたらいける……いやイケる。実際気持ちよかった。
ただ箱という形質上、どうしてもガニ股でしゃがみこまないと挿入ができない。これが難儀だった。壁尻は立ったまま射精ができるが箱に女を詰める形のドラゴンカーセックスだとかなり低い位置に女性器が来る。挿入は少ししんどかった。が、しかし。
一応射精は出来た。私は永場の体内に精液を吐出した。一応、言っておくと永場には経口避妊薬を飲ませている。聞くところによるとコンドームより効果的な避妊方法らしいじゃないか。
さて、性欲を満たした私は考える。
ドラゴンカーセックスに、どんな意味があるか。
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