第11話 屍術師との戦い

 一本道の通路はゆるやかに下り、円筒状の空間に出た。ここまでは前回と同じだが、壁に埋め込まれた石棺のひとつが開いていて、奥へと通路が伸びているのが見える。


 前回の、地下の川へと通じる横穴とは別のものだ。


 俺は石棺の奥へと続く通路へ進んだ。通路は少し歩けば幅が広がり、天井も高くなる。俺の体格で、横に五人が並ぶほどに広がった通路の壁面には、横穴がいくつか空いていて骨が無数に散らばっていた。


 通路は奥に続いている。


 調査隊が設置したと思われる篝火や松明が暗闇を照らしていて、点々と、等間隔で前方へと続いていた。


 どこかで、女性のものと思われる悲鳴があがる。


 男性の怒鳴り声が聞こえる。


 考えるよりも先に、俺は走る速度をあげていた。


 全力で走る。


 自分の息遣いがうるさい。


 足音に水が跳ねる音が混じり、壁面に反響して響きわたる。


 通路の先は広い部屋になっていて、飛び込むと石棺が中央に置かれている。しかし中は空だ。部屋の左右にはそれぞれ奥へと通じる通路がある。


 右か左か。


 床を見ると、右側のほうが足跡が多い。砂利の乱れも激しかった。


 右を選ぶ。


 通路の奥は松明で照らされている。


 しかし、これだけの規模の地下墳墓に埋葬されているのは何者だろう?


 女がこちらへと走ってくるのが見えた。


 男が、彼女を守って屍鬼グールに襲われる光景を見る。


「倒れ込めぇ!」


 叫ぶと同時に剣を投げて、前へと突進する。


 女が倒れ、男も地面に伏せた。


 その直後、二人の頭部があったはずの空間を剣が回転しながら飛び、男へと襲い掛かっていた屍鬼グールの頭へと突き刺さる。


 屍鬼グールは後ろへと吹っ飛びながら倒れた。突進していた俺はすでに屍鬼グールへと接近していて、剣を抜きとりながら払うことで化け物の頭部を破壊する。


「グーリットで傭兵をしているエリオットだ。調査隊の人か?」

「は! はい!」

「クリムゾンディブロ!」

「助けにきた。他は? この奥か!?」

「そうです! この奥に帝王の間がありまして、わたしたちはそこから逃げてきて」

「先生は!? 先生は無事ですか?」

「逃がした。お前らも早く」


 男が安堵した表情をしたが、一瞬で硬くすると奥を指差して口を開く。


屍鬼グールが出る部屋へと案内したらあの司祭が襲ってきて、屍鬼グールを操って、他にも化け物が出てきて! 護衛の傭兵の人達が戦ってくれて、なんとか俺らは逃げてきたけど、同僚は……」

「俺は奥に行く。お前らは地上に出ろ。俺はここまで化け物に遭遇していない。大丈夫だ」


 二人は、交互に俺の手を握ると地上へと向かう。


 剣を振って汚い液体を払い、通路の奥へと走った。


 途中、奥から男の断末魔があがる。


 俺はその空間へと飛び込んだ。


 巨大な地下空洞は、調査隊が設置した篝火と松明で照らされて鮮明だ。入り口正面の奥には、巨大な竜の壁画が描かれていて、その壁面と入り口の間は一〇〇メートルほどあるだろう。この世界の単位だと五〇ノートだ。


 倒れた傭兵らしき男と女が二人。


 戦っている男が一人とパトレアがいる。


 屍鬼グールは十体以上、さらに合成獣キメラがいて、そいつは現れた俺を見ていた。


 合成獣キメラの頭は、若い女だった。


 パトレアたちは俺に背を見せているが、司祭には俺が見えている。


「お前はあの時の傭兵!」


 司祭の声で、パトレアと男が肩越しに俺を見る。


「エリオット!」

「クリムゾンディブロ?」


 俺は無言で進み、二人へと近づく屍鬼グールたちの場所が、魔法の射程に入った瞬間に叫ぶ。


炎姫演舞ヴァルガサルタール


 屍鬼グールたちの足元から噴きあがった灼熱の炎が、一瞬で敵を包み込み燃やしていく。司祭は合成獣キメラの背に飛び乗って炎から逃れると、合成獣キメラは女の声で呪文を詠唱した。


「凍える息吹は冬の愛。その情に抱かれ眠れ。氷姫抱擁シャルティズアンプレクソス!」


 合成獣キメラの眼前に描かれた魔法陣から冷たい風が発生して屍鬼グールたちを包んでいた炎を揺るがせた。氷と炎がぶつかりあい白い煙が一瞬で大量に空中に膨らみ上昇した。


 視界を遮る霧状の幕へと火炎弾フレイムを放ち、男の後退を助けるとパトレアに問う。


「司祭が屍術師ネクロマンサーで間違いないな!?」

「ええ! この空洞で本性を! 調査隊の人達がやられて……」

「あの時、あっさりと逃げたのはあの空間で戦ってうっかり石棺が壊れて通路がばれてしまうことを恐れてのことだろう!? そうだろ!」


 俺は水蒸気で見通せない先へと叫んだ。


 俺の問いかけに、司祭は笑っていた。


「はは! ははは!」

「お前が悪党を雇って俺を襲わせたな!?」


 水蒸気の幕を破って、合成獣キメラがぬうっと現れる。女の顔が熊の身体にのっていて、背には鷲の翼、尾は大蛇だ。


 おそらく、司祭はパトレアを監視していた。方法はわからないが、あの日の彼女を自分で尾行、あるいは手下に追わせていた。それで俺の家を知ったのだろう。


 もしかしたら、邪法にそういうものがあるのかもしれない。


 俺は思考を止めて、目の前の敵に集中する。


 化け物の横に、司祭は笑みを浮かべて立っていて、俺達へ言った。


「こうしよう。パトレアはザヴィッチに異常はなかったと報告しろ。傭兵ども、金をやるから黙っていろ」

「お前の罪を見逃すわけにはいきません!」


 パトレアの叫びに、司祭は苦笑する。


「勘違いするな。私のことはどうでもいい。竜王が眠るこの場所を守りたいのだ」

「竜王!?」


 俺が問うと、奴は頷く。


 竜王――竜王バルボーザは、主神アロセルを頂点とする神々と敵対する勢力の頭だ。主神アロセルは神々のなかで最も強い存在だが、竜王バルボーザだけが主神アロセルを倒す力をもっているといわれていると神話の本で読んだ。


「そんな竜がここに眠っているというのか?」

「そうだ。あの壁画がその証拠だ」


 俺はパトレアに尋ねる。


「奴の言っていることは本当か?」

「さぁ……ただ、竜王は主神アロセルと敵対しているとはいえ、存在は神です。わたしたちがどうこうとできる相手ではありません……ともかく」


 彼女は司祭を睨む。


「どちらにせよ! 貴方を倒して考えます!」

「脳筋女め!」


 司祭の怒声と、合成獣キメラの咆哮が同時だった。


 化け物の尾が振るわれて、傭兵が盾で受けたが後方へ飛ばされる。俺は前に転がることで躱しながら距離を縮めて剣を振るう。


 合成獣キメラの首を狙った一撃は、化け物の腕で防がれる。硬い毛に覆われた熊の身体とはいえ、俺の剣は肉を断っていた。しかし刃は骨でとまり、俺は剣を抜きながら後方へとステップしつつ魔法を放つ。


 火炎弾フレイムをくらわすと、化け物は顔を庇う。


主神の力を借りよアロセルタキシリオマ!」


 パトレアの神聖魔法が俺を包んだ。


 身体が軽く感じる。


 合成獣キメラは傷つけられて怒っている。女の顔は耳まで口が裂けて牙を剥き出しにし、目はつり上がり真っ赤である。そして不気味な呼吸音が緊張を強いてくる。


「ごぉ……ごぉ……恐るべき闇の深さに称え、の敵を討つ刃もた――」


 馬鹿め!


 いちいち呪文を詠唱する必要がある魔法を続けて使うなよ! 何をしてくるかわかるだろ!


 俺は魔法を発動される前に、一瞬で火炎弾フレイムを発動させて合成獣キメラの頭にくらわせる。


 化け物は魔法を発動する直前にくらった攻撃で、頭部と首を包む炎に苦しみ悲鳴をあげた。


「ぎゃあああああ!」


「エリオット!」


 パトレアの鋭い声は、司祭が逃亡を図ったことを示した。


 合成獣キメラを戦わせて、自らは空洞の奥へと一目散に走り出したのだ。


 俺が奴を追おうとするも、合成獣キメラの腕が振るわれた。


 盾で防ぎ、亀裂が入ったが無視して跳躍する。


 剣を合成獣キメラの首に突き立て、抜きながら払うことで肉を斬り裂いた。


 合成獣キメラが倒れる。


 俺はそれを視界の端で見ると、もう走っている。


 司祭は壁画が描かれた壁面の中央下部に空いた横穴へと飛び込む。


 俺は剣を投げた。


 だが、横穴は閉じて剣が壁に弾かれる。


 俺は落ちた剣を拾い、司祭が逃げ込んだ横穴があった箇所の壁に火炎弾フレイムをぶつけた。


 炎の塊が壁にぶつかり、爆発したが壁はびくともしていない。


「エリオット!」


 パトレアの声で振り向くと、背後の合成獣キメラが迫ってきていた。


 首を半ばまで切断されながらも生きる生命力に驚いたが、身体が勝手に反応してくれた。


 合成獣キメラの右腕が振るわれた直後、俺は横に飛んで躱している。


「エリオット! 不死の呪いです!」


 呪い!


 こいつにも呪いか!


 俺は剣を構えて後退し、倒れている男に近づく。


「大丈夫か?」

「腕とあばらが折れた。すまない」

「後退しろ。死んだら駄目だ」


 男が後退し、俺とパトレアは合成獣キメラと向かい合った。


「どうしたら倒せる?」

「わたしがまず呪いを解きます」

「まだ使えるだけの力は残ってるか?」

「残っていますが、発動したら動けなくなる自信があります」

「また抱えて運ばせてもらうよ」


 パトレアが微笑む。


 直後、合成獣キメラが動いた。


 これまでの動きが嘘であったかのような一瞬の移動は、魔法によるものだと察した。


 発動するのに呪文の詠唱も魔法の名前も口にしないことから、この合成獣キメラは攻撃魔法よりも支援魔法系統が得意だったのだと理解する。


 俺は合成獣キメラの攻撃を予測して盾をかまえていた。


 だが、合成獣キメラが狙ったのは前方の俺ではなかった。奴は腕での攻撃をフェイントに使って、尾を振るってパトレアを狙ったのだ。


「きゃぁ!」


 パトレアが盾で合成獣キメラの攻撃を防いだのは訓練の賜物だろう。だが、傭兵の男と同じく衝撃でふっとび地面を転がる。


 俺は火炎弾フレイム合成獣キメラへとぶつけて後退し、迫る化け物の尾による攻撃を躱してパトレアを助け起こした。


「大丈夫か?」


 彼女は俺の手を払うと、ゆらりと立ち上がった。


「ってぇな! くそが」


 え?


 立ちあがったパトレアは、俺を一瞥すると合成獣キメラを睨む。


「おい、スケベ」


 スケベ?


 驚いて彼女を見ると、目の色が変わっていた。


 瞳の色が、金色になっている。


 合成獣キメラが咆哮し、俺達に突進してきた。


 俺はそれをフェイントだと感じて、火炎弾フレイムを四方へと放つ。


 直後、いきなり右方向へと瞬間移動していた合成獣キメラが、俺が勘で放っていた火炎弾フレイムを浴びて悲鳴をあげた。


「いやぁあああああ!」


 パトレア? が笑う。


「化け物のくせに女みてぇじゃねぇかよ」

「パトレア?」

「ああ? あとで説明してやんから、さっさと戦えよ、スケベ」


 スケベ……スケベは違う!


 ともかく、まずは勝たねば!


 俺が合成獣キメラを睨んだ時、パトレア? が神言ヴォイスを唱えていた。


「数多の精霊たちよ、の願いを聞き入れたまえ。の祈りにのせての罪を払い滅せよ……主神の救済ハイヴス!」


 パトレア? が発動した神聖魔法が合成獣キメラを捉えた。


 半瞬後、合成獣キメラの身体が硬直し、けたたましい悲鳴が女の口から発せられたかと思うと、化け物の背が割れて翼の生えた骸骨が飛び出す。


 俺は合成獣キメラに炎、骸骨に向けては雷撃トニトルスを放った。


 骸骨が雷撃トニトルスを浴びて空中で硬直すると墜落し、地面にぶつかって砕け散る。


 合成獣キメラは炎に包まれて、抵抗することなく倒れて動かなくなった。


「やるじゃん」


 パトレア? の言葉に俺は苦笑を返して問う。


「お前、誰だ?」

「わたしはカミラ……よろしく」

「……パトレアは?」

「気絶している」


 俺は現代人だった記憶があるので、彼女の状況にもピンときた。


「多重人格か?」

「お! 理解が早い。ただ、わたし達は二人だ。普段はパトレアだが、彼女が危ない時はわたしが助けることにしている」

「……だったらさっさと出てこい」

「彼女の意識がはっきりしていると無理なんだよ」

「わかった。司祭を追うぞ」

「いや、無理だ」

「どういうことだ?」

「もう立っていられない」

「最後の神聖魔法……救済……教皇の特権じゃないのか?」

「ふん、爺がもったいぶってるだけで力があればわたしでも使える。だけど、限界だ」


 カミラはそう言うと、俺にもたれるように倒れてきた。


 抱き留めると、彼女が微笑む。


「変なことしたら、目覚めた時にヤキをいれるから……な」


 そう言って、もう一人の聖女も気を失ってしまったのである……。


 俺が、上まで運ぶのか……。

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