第10話 再び墳墓へ

 俺が片腕にした男の死に方に違和感が残るので、もしかして呪いなのかもしれないと思い、そのあたりを知りたくてパトレアを訪ねたのだが、彼女は不在だった。


 誦経者のヴィクトルが、申し訳なさそうに言う。


「墳墓の調査隊から、隠し通路の奥に屍鬼グールが出たって報告があって、司祭様と一緒に今朝がた出掛けたんです」

「ああ……あの墳墓か」

「はい。司祭様も、バーキン准教授の訴えは本当だろうということで」

「いやな司祭だ。発言者の社会的地位で信憑性を判断するってのか」

「……聞かなかったことにします」

「お前、呪いとかに詳しい?」

「ある程度は」

「例えば、俺がお前に仕事を頼んだとする」

「はい」

「その仕事を、俺が頼んだということを他人に話したらお前は死ぬぞ、という呪いをかけることはできるのか?」

「できますね。邪法の一種です。聖法……神聖魔法と呼ばれていますが、ただしくは聖法、そして魔法、さらに邪法とあります。世間では邪法は広まっていませんが、それは各教団が協力して防いでいるからでして、使われたら厄介だからです。その邪法を使うことで、呪いをかけますが、エリオット殿がお尋ねの呪いは可能です」

「丁寧にありがとう……邪法を学ぶのは俺たち一般人には難しいという理解でいいか?」

「ええ、邪法を学ぶと異端者になってしまいますよ」


 俺はヴィクトルに礼を言い、立ち去ろうとした。


「エリオット殿、ちょっと!」


 彼に呼び止められる。


「どうした?」

「その呪いをかけられたのですか?」

「いや、俺がされたわけじゃない。昨夜のことだけど……」


 俺は昨夜の事件を説明すると、ヴィクトルが頷く。


「なるほど……その男は呪いをかけられていた確率が高いですね……パトレア様がお帰りになったらこのことをお話しておきましょうか?」

「そうだな。頼む。気を遣わせてわるい」

「いえ、留守番役ですから」


 改めて教団支部を辞して、傭兵ギルドに顔を出した。


 ヌリが俺の顔を見て、「お!」と声をあげる。


「評判になってるぞ。悪党二人を返り討ち! ってね」

「喜んでくれ。生きてる」


 拳をぶつけあう。


「俺の住んでる場所、調べに来たやつがいたか?」

「訊かれても教えない。そいつのためにな……死にたがってる奴なら教えるが?」

「どこで知ったんだろうか?」

「さぁ……仕事はやめとくか?」

「墳墓の奥で屍鬼グールが出たらしいが、仕事にはなってないか?」

「出たらしいが、なってないな。アロセル教団が討伐隊の募集を出すかと思ったが、司祭と聖女の二人で行ってしまったらしいな」

「やっぱりか……ま、パトレアなら屍鬼グール程度なら余裕だろ」

「彼女、強いのか?」

「ああ。ゴロツキが押し倒そうとしたら二度と立てなくなる身体にされるだろ」

「……どっちの意味でだ?」

「両方だ」


 ヌリが笑い、俺の肩を叩いた。


 他の傭兵たちが、ヌリへと仕事のことで声をかけたので、俺は彼から離れて掲示板を眺めた。


 難しいものから簡単なものまで様々だが、ゲームの世界とは違ってレベルや階級なんてものがないから、この仕事を自分が受けていいかという判断は生死をわける。その点、このグーリット支部にはヌリがいて、適切な助言をしてくれるので傭兵の生還率、仕事の成功率は他所と比べて高いと戦場で一緒になった奴に聞いたことがあった。


 何事も完璧なものがないように、ヌリがいても死者や失敗はある。


 俺も過去、失敗をしたことがある。


 幸い、死者や怪我人が出ることはなかったが、あれから自分で仕事を選ぶよりヌリに聞こうと思って、今もそうしていた。だからいつも、俺は彼に「いい仕事ある?」と尋ねて、俺に見合った仕事を回してもらっている。


 だから、クリムゾンディブロなんて呼ばれているけど、俺の力だけじゃなくてヌリの助けもある。戦場では同じ隊になった傭兵仲間の協力もあった。


 それを忘れては駄目だと、掲示板を眺めていたら思える。


 ふと、ある仕事が目にとまった。


 人捜しだ。


 依頼主は行方不明になった男の家族で、報酬額は五万リーグ。傭兵はこの手の仕事はしないが、傭兵ギルドに顔を出す何でも屋などもいる。しかし報酬が安いので受ける奴は一か月以上前から現れていないらしい。


 ただ、この仕事が気になったのは違う理由だ。


 行方不明者の名前、記憶にある。


 ネイサン・ラウド。


 どこで……パトレアといた時だ。


 すぐ思い出した。


 奴隷を買った男だ!


 どういうことだ?


 一か月以上前から行方不明になった男が、どうやって奴隷を買う?


 買えるわけがない。


 俺は、新入りたちを相手に話し込んでいるヌリへ近づく。


「申し訳ない。急ぎで聞きたい」


 傭兵たちに詫び、ヌリに人捜しの件を訊く。


「おい、あのネイサン・ラウドを捜してほしいという依頼、どうなっている?」

「なんだ? いきなり……クレマンスがあたってくれたが無理だった。今は浮いている。やりたいのか?」

「いや、そうじゃないが教えてほしい。家族はどこにいる? 男が行方不明になった日付はわかるか?」

「ちょっと待て」


 ヌリが背後の棚の下段をさぐり、書類を手にもった。


「エラン通り三十一番地の二だな。奥さんが依頼主だ。行方不明になったのは、えっと……八月十日、お祈りにいったきり帰ってこないと」

「お祈り?」

「ああ、ほら、お前と仲がいい美人聖――」

「ヌリ、ありがとう! お礼はまた今度かならず!」


 俺はギルドを飛び出した。


 急いで家に帰って、装備を整えて馬を借りよう。


 墳墓に急がなくては。




 -Elliott-




 剣、盾、各部の防具、マントをそろえて家から飛び出した。そして警備連隊の詰所へと飛び込み、軍馬を一頭、五百リーグを払って借りる。


「急いでどうした?」


 兵士の問いに、俺は保険をかけておくことにした。


屍術師ネクロマンサーは今、墳墓にいる。手柄をたてたかったら墳墓だぞ」

「なに!?」


 合成獣キメラの件はすっかり有名になっていて、それにあわせて屍術師ネクロマンサーの存在も知られていた。


 俺は馬に飛び乗り、禁止されてはいたが市街地内でも馬を全力で駆けさせた。


 通行人たちから悲鳴や罵声をあびたがかまっていられない。


 急げ。


 パトレアたちは朝、墳墓に向かった。


 今は昼。


 墳墓に到着しているかもしれない。


 俺は行方不明者が奴隷を買った男の名前と一致したこと、その男がアロセル教団の支部へ通ってから姿を消したことの二点から、男を消して、そいつになりすまして奴隷を購入したのは教団支部にいる人間であると考えた。そして、あの支部にいるのは三人で、パトレア、ヴィクトル、司祭のネレスだ。


 パトレアは違う。彼女は八月の終わりに来たと聞いた。


 ヴィクトルも違うように感じる。彼は誦経者でまだ神聖魔法を使えない。つまり、その逆の力たる屍術師ネクロマンサーの力も使うことはできない。


 ネレスだ。


 彼がそうであるなら、いろいろと不思議なことも納得できる。


 討伐隊を出さないのは、自分が犯人だからだ。


 間違いの可能性はある。いや、間違いであってほしいと思う自分がいる。


 ネレスでないなら手掛かりをまた探さないといけないが、それを望む自分がいた。


 彼がそうなら、パトレアが危ない。


 いや、学者や調査隊の人達も危ない。


 二人だけで墳墓に向かったと聞いた時に気付けばよかった。


 おかしいだろ。


 討伐隊を組織するくらいのことだ、普通は。


 司祭が屍術師ネクロマンサーで、俺が彼だとして考えると、その屍鬼グールたちが現れた奥にこそ、隠したいものがあるとわかる。


 俺は馬に急げと祈る。


 軍馬は、懸命に駆けてくれているのがわかるからこそ焦るのだ。


 間に合えと祈る。


 俺は日本人だったから、信仰やら神様やらとは関わりが薄いが、こういう時は思わず祈る。


 主神アロセルさん、パトレアを守ってくれ。


 街道を駆け、丘陵地帯を進んで墳墓の丘が見えてきた。


「あ!」


 入り口に、人が倒れている。


 馬から飛び降りる。馬はそのまま減速し、弧を描くように走りながら速度をさらに落として、俺が走る方向へ並走した。


 墳墓の入り口に倒れていたのは女で、パトレアではない。


 抱き起すと、脚を怪我していて腹部も衣服に血のにじみが見てとれる。


「大丈夫か? 俺はエリオット。グーリットの街で傭兵をしている」

「君が赤い悪魔……か。赤くないね?」

「あんたは?」

「僕はケイ・バーキン。大学で准教授をしている。調査でここに……」

「誰にやられた?」

「……司祭だ。調査隊の傭兵たちが僕を守ってくれて、逃げ出すことができたけど……まだ調査員や傭兵は出てきて……ない」

「わかった。立てるか?」

「立てるけど、歩けない。転んで……疲れて」

「腹部の傷は深いか? わかるか?」

「かすり傷だと思う……内臓はやられていない」


 俺は口笛を鳴らす。


 軍馬が寄ってきた。


 俺は彼女を馬に担ぎ上げる。


「しっかり捕まっていろ。訓練されたいい軍馬だ。お前を落とすことはない」

「ありがとう……」


 俺は軍馬の首を撫で、グーリットの方向へと馬首を向け声をかけた。


「彼女を運んでくれ。頼む」


 馬は答えないが、俺の目をじっと見つめてきている。意志を伝えるべく首を軽く叩くと、馬はゆるやかにグーリットへと進み始めた。


 俺は墳墓へと入る。


 腰の剣をぬき、盾をかまえ、一直線に伸びる通路を走った。

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