第9話 食事と襲撃と……

 俺たちが酒場に入ると、皆の注目を浴びた。


 パトレアと一緒だからだとすぐにわかる。


 彼女はこういう店を嫌うかと思ったが、そういう素振りをまったく見せず席につくとオススメが書かれた黒板を眺めて微笑む。


「どれも美味しそうです。ご馳走しないといけないのにありがとうございます」

「家に来られるよりマシだから……あ、女将さん、注文いい?」


 女将さんが物珍しそうに近づいてきて、「綺麗どころと一緒とは驚いた」と言うのでパトレアが笑った。


「パトレア・グランキアルと申します」

「あ、ご丁寧に……ミサ・ラングレ」


 女将さんが動揺している……そして、女将さんの名前を知った。ラングレ亭という店名は、ラングレさんだからのようだ。


 俺が注文をする。ワインをグラスで二杯、野菜は高級品だが女性を前にカッコつけようとサラダを頼み、マスの塩焼き、鹿肉のローストを頼んだ。


「取り分けて食べよう」

「はい、修道院にいた頃を思い出します。大皿の料理を分けあって……」

「教団に入った頃?」

「そうです……最初は神学の修士号を取ろうと勉強していたのですが、適正検査を受けた結果、今のお役目を得ました」

「もともとの出身は? 俺は帝国の半島に近いどこかの農園としかわからないけど、生まれはあるんだろ?」

「もともとはリーフ王国です。東方大陸の」

「遠いな」

「ええ、だからこの七年、帰ったことがないです。帰ったところで……と思いますけど」


 女将さんが料理を運んできてくれた。


 かぼちゃ、にんじん、いもを茹でたサラダは軽く塩を振って食べる。それをつまみながらワインを飲んでいると、マスの塩焼きがきた。ローストは時間がかかるからまだだろう。


「エリオットは傭兵なのに一人なんですか? 仲間は作らない?」

「仲間は戦場で自然とできるから、普段の行動まで制限を受けるのは好きじゃない」

「それって考え方が傭兵らしくないですね。生存率を上げるために仲間を集めるのが普通じゃありませんか?」

「たしかに……でもまだ生きてるし、これからも死ぬつもりはない。危ない仕事は受けない」

「この前のように、合成獣キメラに魔法がきかない呪いがかけられていたとか、なかには物理攻撃がきかない呪いもあります……そういう時、困りませんか?」

「これまで困ったことはないな」


 鹿肉のローストが届く。特性ソースがよくあって美味しい。俺はうんちくを語るほうではないので、黙々と運ばれた料理を食べる。


 パトレアがローストに「美味しい」を連呼した。気持ちよく食べてくれるので連れてきて良かったと思うし女将さんも嬉しそうだ。


 料理を残さず食べて、ワインのおかわりを頼んだ。普段は一杯だけしか飲まないが、今日はひさしぶりに女性と食事なので頼んでしまった……。


 こうしていると、彼女は美人なのでやはり気分はいい。人は見た目ではないと思うけど、パトレアはいい奴……女性にいい奴というのも変だけど、そうなので好きな部類だ。


「どうしました? 顔に何かついてますか?」


 じっと見ていたので、彼女が目をくりくりとさせて尋ねてきた。


 照れ笑いをして、ひとつ、確かめたいことを話題にした。


「司祭を調べてるんだな?」

「……わたし、話しましたっけ?」

「いろいろとある、という言い方をしていたから」

「……エリオットはお喋りじゃないので教えます。恩人だし……彼を調べるために来ました。八月の終わりにグーリット支部に……会計が怪しいんです」

「金を流用している?」

「何に使っているかわからないのですが、昨年以降、帳簿に改ざんされた形跡ありました……ザヴィッチ猊下から調査を命じられたのです」


 彼女はそう言うと、ワインを口にふくみ味わう。


「このワイン、とても美味しいです」

「安いワインだけど、好きなんだ」

「ワインは値段ではないです……と思います」


 パトレアは微笑むと、ワインをまた口に含み舌で転がして飲む。


 俺はただ飲むだけだ。


「で、何かわかったのか?」

「何に使っているのか不明ですが、たしかにお金の動きが怪しいです……巧みに経費として計上されていて、少しずつ抜かれていて……実際に納品されたものと領収書や納品書などを確認して調べているんですが時間がかかって……」

「傭兵なんで詳しいことはわからないけど、業者とつるんでいないなら業者の帳簿を調べるとはっきりわかると思う」


 これは現代人だった頃の知識だ。


「そうか……ありがとうございます。調べてみます」


 食事を終えて、それぞれに帰路につく。


 パトレアを送っていくべきかと迷ったが、聖女だし必要ないかと思って店の前で別れた。


 借家に帰宅する前に、公衆浴場へ寄る。


 風呂……早く風呂付きの家が欲しい。




 -Elliott-




 九月二十四日は休みにして、丸一日を図書館で過ごした。暗くなるまで館内で読書三昧を楽しんだのだが、父親が帝国で使われているヴァスラ語の他、ラーグ語も教えてくれているのでとても助かっている。この世界において、世界の多くで公用語として使われているのがヴァスラ語とラーグ語で、どちらかを理解できればどこにいっても困らないといわれているが、本も同じなのだ。


 必ずどちらかの言語に翻訳されている。


 魔法物理学の本を読み、魔法への知識を深めて過ごした一日を終え、借家の近くに開店した飲食店で食事をした。味はラングレ亭よりも落ちると感じたが、それはきっと俺が食べ慣れていない上品な味付けだからだろう。


 帰宅し、歯磨きをして眠った……はずだった。


 物音がするので、瞼を閉じたまま枕元の短剣を握る。そして、室内の足音、気配で人数は二人だと判断し、間合いに入った一人目めがけて短剣を振るいながら飛び起きた。


「ぎゃ!」


 男は左腕で短剣を受ける格好となり、肘から先を床に転がして転倒する。


 もう一人は部屋の入り口にいて、俺が起きていると知るなり逃亡を試みたが火炎弾フレイムの魔法を背中にぶつけてやった。


「ぎゃああああ!」


 火だるまになって借家から飛び出した男を無視して、俺は左腕を押さえて蹲る男の背中を蹴った。


「おい、泥棒」

「ううう……いてぇ……いてぇよぉ」

「当たり前だ。左腕、肘から先がなくなってんだから……で、何しに来た?」

「……」

「言えば命は助けてやる。言わないなら苦しめて殺す。少しずつ、あちこちを炎で焦がされていくのは嫌だろ? 痛いぞ」

「頼まれたんだ。あんたを殺せって」

「誰に?」

「助けてくれるんだな?」

「ああ、応急処置もしてやる」

「わかった……依頼者は――」


 瞬間、男は表情を引きつらせると、目をキョロキョロとさせた。俺が「早く言え」という直前、口から血を吐きだすと前のめりに倒れる。


 毒でも飲んだかと思ったが、そんなそぶりはしていなかった。それに助かろうとした奴だ。ありえない。


「エリオット!」


 外からの声に、俺が振り返ると大家の息子がいた。


「ラニ、すまない。騒がせて……」

「何があった? 外で人が燃えてる。あれもお前か?」

「ああ。寝てたら忍び込んできた。殺される前にやっつけたが……」

「床、血で汚れてるぞ……まったくもう! 殺すなら外で殺してくれよ」

「悪いわるい……俺が掃除しておくから」

「当たり前だよ……まったく」


 俺は部屋の中で死んでいる男を抱えて、部屋から外へと運ぶ。そこで、近所の住民が何事かと集まり始めていたので、笑みを見せて事情を説明した。


 そこに、警邏中の警備連隊の兵士が現れる。彼は俺を知っていて、「クリムゾンディブロ」と呟くと、黒焦げの死体と片腕の死体を眺めて口を開いた。


「殺したのはエリオット? 仕事で?」

「俺で間違いない。家に忍び込まれて襲われかけた」

「報酬にならない殺しはやめておけよ」

「命を狙われたんだ。返り討ちにしただけだよ」

「死体はこっちで処理しておくよ。何か吐いたか?」

「いや、なにも」

「せめて吐いてから死ねよ、悪人ども」


 兵士はそう言うと、片腕のない男の死体を蹴り飛ばした。

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