第5話 思い返して

S君との出会いは、たったの1年であった。

それでも、今思い返しても鮮明に思い出せるほど、印象強い。


私は基本的に心霊現象や、死後の世界は信じないタイプである。

だが、あの高校2年のテスト勉強中に見た人影は、間違いなくS君であったと思う。

S君が最後に私に何を言いたかったのかはわからない。

もしかしたら、今でも恨まれていると感じてしまう事もある。


しかし、この不思議な話には少しだけ続きがあって、S君の葬儀も終わり、日常の学校生活に戻った際、私はいつも通り追試に追われていた。

問題が解けなく、頭を抱えている私に、急に「頑張れ!」と頭の中を大きな声が響いたのである。

あまりに突然の事に、担当の先生に怒られたかと錯覚したが、先生は無言であった。

私は何となくだが、S君の声だったのではないかと思った。

後から知ったが、その日はS君が亡くなって49日目であった。

以来、S君を感じる事は一度もなくなった。


その後の私はと言うと、韓国人という運命に正面から向き合うために、大学へ進学した。

答えはわからないかも知れないが、まずは自身の歴史やルーツについて正しく情報を得ることが必要だと思ったからだ。


言うまでもなく、私の人生はここで終わったわけではなく、大学〜就職〜現在に至るまで、非常に数奇な運命を辿っている。

だが、その辺りの話は、また別の機会に記録させて貰おうと思う。


私は、S君の墓参りには、毎年行っていた。

ここ数年こそ、仕事の関係で空いてしまう事もあったが、いつお参りに行っても必ず新しい花が供えられていた。ご家族が毎日供養されている証だと思う。

冷静に考えると、S君の事故は思春期特有の過ちであったかも知れない。全国的に極めて稀な事故ではなく、感情的になった一瞬の突発的な行動であって、誰でも起こりうる事故であったかも知れない。

けれど、大切なのは数や内容ではない。


その後、S君の家族がどうなったか、わからない。

悲しみから立ち上がる事が出来たのか、別の運命が待ち受けていたのか、私には知る由もないが、願わくばS君の分まで、満ち足りた人生を送って欲しいと思っている。


ただ一つ、間違いなく言える事は、

S君も紛れもなくたった一つの命であった事、そして私はその命を救う事が出来なかった事。

確かな事実が、そこにある。


私はその想いを受け止めて、自らの人生で示さなければならない。たとえ、答えがなくとも。

困難から逃げるのではなく、考える事を諦めずに、自身の最後の日まで、その姿勢を貫かなければならない。


そうした私の生き方が、もし誰かに影響を与える事ができるのなら、私にとってこれ以上の事はない。

人の想いが繋がって歴史を作るのであれば、いつかきっと分かり合える日がくる、そう信じてS君との出会いを記録する。

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いつか届いてほしい覚え書き かぬち まさき @jhons

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