第4話 それから
私は隣町の進学校へ進んでいた。
地頭は悪くなかったのかも知れないが、努力をしない性格である。嫌な事は後回しにする性格が相まって、高校では学年ビリの成績まで落ち込んだ。
友人関係は良好であったが、いかんせん成績が成績である。もはやからかいを通り越して完全に周囲から見下された扱いとなっていた。
私自身も、韓国人である悩みを誰に話す事もなく、むしろ成績が悪かったせいか、この頃は仕切りに日韓の関係について考えていたと思う。
そんな私であったから、ある意味学校の成績はどうでも良かった。
自分自身の問題に、答えを出す事ができれば充分だと思っていた。
忘れもしない、高校2年の中間テストである。
全く勉強をしない私であったが、その時は赤点を取ってしまうと部活動に参加できない校則があった。
部活動は熱心に参加していた私である。
赤点だけは取るまいと、自分の部屋で夜な夜な、一夜漬けでテスト勉強していた時である。
私の勉強机のすぐ隣が、廊下に面した出入り口となっているのだが、深夜1時を回ったころにふと気づくと廊下に人の気配があった。
それは人の気配と言うより、はっきりとした人影に見えた。
恐怖で身動き取れなかったが、このままいても仕方ないため、意を決して扉を開けてみた。
しかし、当然ながら廊下には誰もいなく、私は扉を閉め部屋の方へ振り返ろうとした。
すると今度は、部屋の中に人影を感じたのである。
私はかつてこれほどはっきりと、見えざるものの気配を感じた事はなかった。
さすがの私も勉強を切り上げ、布団にくるまってすぐさま寝るようにしてしまった。
翌日がテスト当日であった。
結果は散々、と言うよりいつも通りであったが、テスト期間であった為、半日で学校が終わっていた。
昼前にホームルームがあり、各生徒が下校の支度をしている時、私の携帯電話に1通のメールが入っていた。
中学のクラスメイトからであった。
「S君のこと、知ってる?」
『いや、高校入ってから連絡取ってないなあ。』
「S君、昨日亡くなったんだって…。」
私は旧友が何を言っているのか、全く理解出来なかった。
少なくとも数分間は、何を言っているのかわからなかった。
しかし、冷静に旧友から流れてくる情報を読むと、どうやらそれは確からしかった。
最後に、当日の夜通夜が行われる事と、翌日の出棺の案内を受け取った。
私は、そんなはずはない、絶対に嘘だと言う強い気持ちで、通夜へ足を運んだ。
葬儀場には、何人か見知った顔もいて、当時の担任の先生もいた。
知り合いの表情を見ると、鼓動がどんどん高くなっていったのを覚えている。
泣き崩れるご家族は、以前お家に遊びに行った際に見た事のある顔であった。
涙が溢れて止まらなかったが、それでも絶対に嘘だと信じて、棺の前まで足を運んだ。
それは、間違いなく私の知っているS君であった。
私は、それまで一度も葬儀に参加した事がなかった。人間の遺体を見るのが初めてだった。
初めて見るS君の姿は、精巧な人形と言った印象であった。
目が痛いくらいに泣いている私をみて、担任だった先生が肩を抱いてくれたのを覚えている。
何人かのクラスメイトが声をかけてくれた。
私は、ただただ絶望していた。
S君が、どこか儚そうな気質である事は分かりきっていた。
友達として、卒業後も関係を続けていれば、相談にのっていれば、こんな結果にはならなかったかも知れない。
それでも、私は関係を断ち切ってしまった。
私が韓国人で、彼が日本人だというばっかりに。
葬儀場で歳の離れた妹さんが泣き喚いている。
少し前にS君とケンカしてしまった事を、泣きながら謝っている。
ご両親も、何度も何度もS君の名前を呼んでいた。やはり、S君は家族に愛されていたのだ。
私は心の底から後悔した。後悔して後悔して後悔したが、それでも韓国人と日本人の答えは出なかった。私の考えが間違っていたのか、仕方のなかった事なのか。
もちろん、もし私が側にいたとしても、結果は変わらなかったかも知れない。
けれど、もしかしたら全く違う結果になっていたかも知れない。
死因については、はっきりしない。
しかし、いろいろな人に話を聞いた限りでは、どうやら失恋による自殺であったらしい。
学校側の発表は、不慮の交通事故。
出棺の際のご両親のお言葉は「みんなは、無事に卒業して下さい。」であった。
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