第3話 S君について知っている事
S君についても、私は中学3年生になるまで存在を知らなかった。
ほとんどが、顔見知りになる中学の環境下で、全く噂も聞いたことがなかったのは初めてだった。
S君とのきっかけは何という事はない。
クラスの席順が近かった事と、同じクラスに共通の友人がいた事だ。
身長は170㎝ほどであり、中学生にしては高い方であったと思う。
決して大柄な体格ではなかったが、端正な顔立ちで、シャープな体つきは、客観的に見てもモテそうな容姿であった。
S君は基本的に寡黙な性格で、友達とら話をするが大勢の前で好んでお喋りをする様なタイプではなかった。
部活動も全く違ったが、S君と私はすぐに仲良くなった。趣味のアニメやゲームが共通していた為である。一学期のうちに、お互いの家に遊びに行ったり、ゲームを貸し借りしていた記憶がある。
そして、S君と最も仲良くなれた最大の理由が「お互いに好きな人がいた」事である。
当時、S君にはS君の好きな人がいて、私には例の一目惚れの相手がいた。
中学3年生である、浮いた話や恋愛話など、女子でなくとも興味を持つ年頃。
誰かと共有したいが、かと言って拡散されてからかわれても嫌である。そんな時S君とはお互いの秘密を共有できる唯一の相手であった。
S君とは学校にいる間、常に一緒であった。体育祭、発表会、修学旅行、果ては掃除の時間まで、全ての班が一緒であったし、その間、四六時中恋バナばかりしていた。
相手のどこが好きとか、相手が今一瞬こっち見たとかそんな話題ばかりで、一向に進展しないお互いの恋であったが、今思い返しても微笑ましく感じる。
私はその後、一目惚れの彼女に二度と会う事がなかったが、風の便りで今は結婚して母親になっていると聞いた。
今から20年近く前の話であるが、あの時の感情を今でも鮮明に思い出せるのは、S君がいてくれたからに他ならない。
結論を言うと、S君と私の恋は実る事なく、もっと言うとお互い小心者であったから、告白すらしなかったと記憶している。
そんな仲の良かったS君であるが、私はやはり一歩踏み込んだ深い話はしなかった。
私が韓国人であり、日本人に対して複雑な感情を抱いている事を話してしまったら、楽しい日々が崩れてしまうのではないか、ぎこちない関係になってしまわないか不安であった。
だから、話題と言えば終始恋バナに徹底していたし、私もそれで良いと思っていた。
しかしS君の方は、時折寂しそうな表情をする事があった。
何のきっかけかははっきり思い出せないが、両親や姉妹の話をする際に、決まって消えそうな顔をしていた。
本心を明かさない私であり、相手の事も深入りし過ぎない様にしていた時期である。
当時の私には、日本人と韓国人の答えなど持ち合わせていなかったから、仮に相談を受けても、どこまで本気で支える事ができるか、不安であったから。
しかし、この時ばかりは、S君に理由を聞いてしまっていた。
どうにもS君には歳の離れた妹がいたらしい。
そして両親はその妹ばかりに目がいって、自分の事は放置されている…と語っていた。
私は、それはS君の被害妄想だとし、子どもを愛してない親はいないと説得した。
そもそも、本当に親に見放されたのであれば、こんなに健全に学校へ通う事が出来ないからである。
S君もわかってはいるのだろうが、どこか不安げな表情は卒業まで消える事がなく、私自身もS君の儚さを感じられずにいた。
だからといって、韓国人である私が何かできる事はなく、お互い別々の高校へ進んでいった。
S君とは、この一年間が、最初で最後の付き合いとなってしまった。
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