16.左腕のぬくもり

 一目で彼女だと分かった。透明感のある白い肌。まつ毛の長い二重瞼の中には、全てを吸い込んでしまいそうな大きな瞳。女性の平均身長よりも高い彼女は目立つが、見つけた理由はそれだけではない。


 彼女は僕が何年も愛した女性だった。学生時代から社会人になった後も付き合った初めての女性。


君は約束の時間に遅れた僕を叱りながらも、空いている左腕を組んで新作の映画を観に行ったり。初めて免許を取れた時は、助手席に乗せてドライブしたり。お互いが成人してお酒が飲めるようになったら、ちょっと高いめの夜景が見えるレストランで食事をしたりと、密度の高い時間を共有して、忘れられない思い出を沢山刻んでいった。


 彼女も僕の姿に気が付いて、しなやかに伸びた足を一歩、また一歩と、距離を詰め、手を伸ばせば届く距離になると、何度も嗅いだ香水の香りが鼻口をくすぐる。




 けれど、


 僕たちはすれ違った。


 小さなすれ違いが原因で僕たちは別れ、恋人という形式を失って、ただの他人同士になった。



 彼女が掴んでいる腕は別の男性で。

 僕の腕を掴んでいるのは別の女性で。


 互いに別の人生を歩んでいる。

 僕と彼女はもう振り返らない。


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