9.喫茶ポエムで一息を。
古ぼけた扉につけた小さなベルが鳴る。
店内は木をベースとしていて、落ち着いた雰囲気が印象的だ。
「いらっしゃいませ。空いている席にどうぞ」
私はお気に入りの窓際の席に座って、メニュー表を開いた。どこの店に入っても、大抵は窓際の席に座る。程よく死角なっているこの席は居心地が良い。
嫌なことがあった日は、喫茶店に足を運ぶことが多い。混んでいなさそうな店だと、二時間でも、三時間でも、ゆったりと時を過ごせるからだ。
今日は友人たちの関わり方、人間関係の難しさに悩んでいた。
昔から一人の時間を大切にしたいタイプで、友人は多くいらない主義だった。けれど、他人と関わらないで生きていくことなんて無理で、生きづらい世の中だなぁと常々思う。
関わる人が増えれば、増える程、価値観の違う人と出会っていって、自分の心が摩耗する。
そろそろ何か注文しなければと思い、美味しそうなランチセットを注文することを決めた。
「すいません」
片手を上げながら小声で呼ぶと、店主さんはこちらに気付いて、メモ帳を持って近寄ってくれた。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい、このランチセットをお願いします」
「かしこまりました」
店主さんはメモにペンを走らせ終えるが、席を離れる気配がしない。どうしたのかと思い、顔を見つめていると、店主さんは口を開く。
「当店では、ご注文と一緒に、一枚の紙を提出してもらう決まりがあります」
「は、はぁ」
店主の目線を追うと、テーブルの端には紙の束が置いてあった。「これですか?」と尋ねると静かに頷いた。
「えっと、何を書けば良いですか?」
「なんでも良いんです」
「なんでも??」
「はい。今日あった良いことならなんでも。今日の中で悪いことだけが起きるなんてありえないですから」
私は取り敢えず、店のルールに従うことにする。
今日の良いことは、通学中に見た紅葉が綺麗だったな。それから電車で席を譲ってくれたお兄さんがいた。後は、今日の最後の講義がなくなって早く帰れたこと。だから喫茶店に寄る時間ができたんだっけ。
スラスラと紙に書いていると、自然と嫌だったことを忘れて、良いことばかりを考えるようになった。
「出来ました」
「はい、受け取ります」
体を纏っていた重さは消え、今は羽が生えたように気分になった。
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