8.真っ赤な雪
冷たい風が肌をなぞり、白い息が空へと登っていく。
そんな寒い街並みを歩いているが、美桜と繋いでいる左手だけは温かい。
昨日のニュースでそろそろ初雪が降るという情報が手に入ったので、今日は美桜と二人で、マフラーを買いにきた。
「そういえば、バイト先の先輩が言ってたんだけど、このあたりで通り魔が出たらしいよ。やっぱり東京には怖い事がいっぱいあるんだね」
「まじか。北海道と違って人が多いから、変な人も多いのかも」
「もし襲われそうになったら、柊一が助けてよ」
「どーだろうな。それよりくっつきすぎ。離れて」
「いいじゃん。一ヶ月ぶりだし、くっつくと暖かいでしょ?」
嫌がる素振りを見せると、美桜はさらに密着してくる。僕は呆れながらも引き剥がすことをやめた。一ヶ月間会っていないと、なんとなく近くにいて欲しいと思うからだ。
僕と美桜は高校まで北海道で過ごしていて、大学進学を機に上京した。別々の大学に通っているが、時間が合えばどちらかの家で一緒にいることが多い。最近は課題やバイトで予定が合わず、今日は一ヶ月ぶりのデートだった。
「柊一、ここのお店なんてどうかな?」
「いいね。寒いから早く入ろう」
「うん!」
繋いでいる手を引っ張られる形で、店内へ入っていく。昔から美桜が好きなブランドで、東京に来てからも何度か来たことのある店だ。服にあまり興味がない僕は、子供のように後ろを付いて回ることが多い。
「あ! このコート可愛い! 柊一に似合いそう!」
「美桜が言うなら、間違いないんじゃない?」
「もう。せっかくの高い身長を持っているんだから、少しはファッションに興味持てばいいのに」
高校の時にも同じことを言われて、大学入学を機に勉強して見ようと思ったが、すぐに辞めてしまった。ちょっとした色や形、流行によって、ダサかったりかっこよかったりと、調べれば調べる程、わからないことが増えていった気がする。
「美桜が選んだ服か、無難なヤツを着ていくからいいよ」
「いい加減なんだから。ちゃんと大学でやっているか不安になってきたよ」
「それなりにやっていけてまーす」
「ほんとかなー? 今度柊一のキャンパスに遊びにいってみようかな。あ、これいい!」
どうやらお気に召すものが見つかったらしく、美桜の注意は僕から服の方へと移った。
彼女がいる男友達に聞いた話だが、男は女子の買い物に付き合うことは苦痛らしいが、僕はむしろついて行きたいと思っている。
表情をコロコロ変えながら、商品を選んでいる美桜を見て、苦痛だと思うはずがない。
「ね〜柊一、このダウンと、ダッフルコート。どっちが似合うと思う?」
鏡の前で交互に合わせているが、どっちを買っても問題なく着こなしてしまうだろう。
「うーん。てか、今着ているコートと何が違うの?」
「全然違うよ! 着ているのはチェエスターコート! ほら、ボタンのところが違うでしょ?」
正直違いがわからないが本人が満足しているならそれでいいか。
本来の目的はマフラー選びだったが、脱線するのはいつものことだ。
「今試着してくるから待ってて!」
一人取り残された僕は、おしゃれな店内を見て回る。時期的にあったかそうな冬服がたくさん置いてあった。小物コーナーまで足を運ぶと一つの商品が目に入り、思わず手に取った。
初めての彼女で、初めてのクリスマス。
どんなプレゼントを渡せば良いかわからなかった僕は、美桜の友達に彼女が欲しそうな物を片っ端から聞いて回った。美桜はこの店の服が好きだと教えてもらい、時間かけて選んだのがこの白をベースにしたマフラーだった。
初めてのプレゼントを渡した時の嬉しそうな美桜の顔は、今でも忘れらない。
あれからもう一年経つのか。
「柊一〜、どこに行ったのかと思ったら、こんなところにいたの」
試着し終えた美桜は、僕が持っていたマフラーを見ると、懐かしそうに顔を浮かべる。
「恥ずかしそうにしながら渡してきたよね。初めてのプレゼントだーって」
「うるせーよ。……それと、コートもいいけど、ダウンも似合ってる」
「でしょでしょ! ダウンは持ってないからこっちにしてみました。柊一はコートの違いがわからないみたいだから、今着てるので十分かな〜」
美桜は試着していたダウンを脱いで、小脇に抱えた。どうやら購入を決めたようだ。
「じゃあ、柊一のマフラー選ぼっか。どんながいい?」
「どんなのって言われても……」
「楽な方がいいなら、スヌードとかもあるけど」
マフラーだけ見ても数多くあるのに、他の選択肢も増えるとなると、より自分に似合う物がわからない。
頭を悩ませていると、美桜は顔を赤らめながら、
「……じゃあさ。同じやつにする?」
「同じの?」
「いや、違くて! 同じマフラーで、色だけ変えるのとか……どうかなって思って」
なるほど。そういえばこの前、友人らがペアルックしているのを見て、「いいなー」と言っていた。しかし僕は、はっきり「嫌だ」と言った記憶がある。
全く同じアディダスパーカーとか、全身が同じの双子コーデのようなものは、着たくないと思っていたからだ。でも、最近はネックレスくらいの小物なら良いかなとは思うようにはなった。
もしかしたら美桜は、その時のことを気にしているのかもしれない。
「じゃあ、一緒のやつにしよう。どの色がいいと思う?」
「してくれるの⁉︎」
僕が頷くと美桜は嬉しそうに笑って、マフラーを選びに戻る。その隣に並んで、独り言を言いながら選ぶ美桜の姿を眺めているだけで楽しかった。
何種類か試着していると、グレーをベースとしたマフラーが自分に似合っているらしいので、美桜のダウンと一緒に購入した。
「こちら、今着ていきますか?」
「はい、お願いします」
そう言うと、店員さんはタグを切って渡してくれる。
僕が購入したばかりのマフラーを首に巻いていると、美桜は小さな鞄の中から白いマフラーを取り出した。
「これで初めてのおそろいだね」
俯きながら言う美桜からマフラーを受け取って、首元に巻いてあげた。
店を出ると、雑踏とした街並みに白い光が降り注いでいる。
「雪だ……」
伸ばした手に落ちてくる雪は、確かな冷たさを残して、一瞬で溶けてしまう。
「何回見ても雪って綺麗」
雪がもたらしてくれる景色は北海道でも、東京でも変わらなかった。唯一、違うのは傘を差す人が多いくらい。こっちの雪は、水分を多く含んでいるのかもしれない。
「今日、これからどうする?」
白い雪が道路を濡らしていく様子を見ながら、美桜に聞いてみると、
「やんなきゃいけない課題もバイトもないし、何も予定はありません!」
「なら、うちくる? 鍋でも食べようよ」
美桜は、はにかみながら手繋いでくる。
僕はその手を受け入れて、ぎゅっと握り返した。
「じゃあ、買い物して帰ろう。冷蔵庫に何あったか覚えてる?」
「白菜とかならあった気がするけど、あんま覚えてないな」
「なら全部買って行こうよ」
僕たちは肩を並べて歩いてく。降り注ぐ初雪は、一ヶ月ぶりの再会を祝福しているように感じた。
「なんの鍋食べる? キムチもいいし、もつ鍋も食べたいなー」
「じゃあ、今日の夜はキムチで、明日の昼はもつにする? 泊まって行くでしょ?」
「もちろん! じゃあ、スーパーで一杯買っていかなくちゃね!」
高校の時も好きだったけど、二人で色んな場所に出かけたり、ご飯を食べたりと二人の時間を共有していくうちに、このままずっと美桜と一緒にいたい。そんな気持ちが強くなっていた。
「ほら、早く帰ろ!」
いつもように美桜に引っ張られる形で、反対側に渡るために歩道橋に登る。少し高い位置から街が見え、僕たち二人は降り注ぐ初雪に目を奪われた。
寒さのせいか美桜との距離は自然と近くなって、お揃いのマフラーに顔を埋めた。
正面から一人の男が歩いてきて、僕たちは自然と左側に寄る。黒一色の身なりで、予想外の雪で傘を持っていないのか、フードを目元まで深く被っていた。
「また勉強頑張るために、今日は柊一で充電するんだ〜」
美桜は頬を緩ませながら笑う。
僕もその様子を見て、自然と口角が上がった。
「でね、」
美桜の言葉が途切れた。黒い格好の男にぶつかったからだ。
僕は自然と男に「すいません」と謝った。
「美桜、大丈夫か?」
普段なら真っ先に謝りそうな美桜を不思議に思い、声をかけた。
でも、言葉は返ってこない。
心配になって美桜へ目の向けると、何かが体に刺さっていた。
ベージュのコートは、刺さっている部分からゆっくりと鈍色に染まっていく。
そして、力を無くしたように美桜は崩れ落ちた。
明らかな異常事態だったが、自分は何をするべき良いのかわからない。
救急車を呼ぼうとスマホを取り出して見ても、悴んだ手は上手く動いてはくれない。
さっきまであったはずの温もりは、一瞬で冬に攫われてしまった。
僕が混乱している間にも、コートの汚れは広がっていく。
降り止まない初雪は、色違いのマフラーに包まれた美桜に落ちて、すぐに消えてしまった。
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