7.彼女のための物語
真っ白で無機質な部屋の中には、ベッドの上で半身を起こして、儚げに窓の外を見つめる少女がいる。
僕はわざとらしく咳払いをすると、彼女は嬉しそうに振り向いた。
「あれれ? 学校終わってからすぐに来たの? 全く伊吹は、聖良のことが大好きだね」
「うるさい。そんな軽口を言えるくらい元気なら、駅前で買ってきたフルーツセットもいらないよね」
「あーごめんなさい。伊吹様。悲しげな少女にお恵みを下さい」
「うむ。わかればよろしい」
一人でいる時の儚さは消え去って、今はちょっとウザい同級生。
それも、僕に気を遣わせないために、そう振舞っていることはわかっていた。けれど、聖良は触れてほしくはなさそうだったので、僕も同じようなテンションで返すように心がけている。
聖良は元々体が弱かった。
小学校までは週に1、2回は休んで、中学校では半分以上が登校出来てはいない。高校には形だけ進学したものの、入学式でさえ顔を出すことはなかった。
歳を重ねるにつれて、聖良の体は弱っていく。それに比例するように、空元気が増えていって、見ているこっちが辛かった。
けれど、どうすることもできない。
「それで、今日は小説を持ってきた?」
「うん、もちろん。今回は自信作だよ」
「ほほーん。聖良のお眼鏡に叶う作品だと良いですね」
学校で使っているリュックサックから一つの紙束を取り出して、聖良に手渡した。それを真っ白な布団の上に置いて、一枚一枚丁寧にめくっている。
僕に出来るのはこのくらい。辛い闘病生活の紛らわしくらいだ。
「なるほど。今晩は退屈しなくて済みそうだよ、伊吹くん」
「きっと余韻が凄すぎて、三日はこの作品のことを考えちゃうよ」
「あ、さては毎日持ってくるのが、めんどうになってきたな」
「そんなわけないさ。明日も、これからもずっと、新作を持っていくよ」
元々、物語が好きだったこともあって、聖良の闘病生活が始まってから本を読む頻度が増えていった。
毎回新しい物語を買う余裕なんてあるわけなくて、同じ作品を繰り返し読むようなると、当然飽きてくる。
そんな時、彼女は一番仲の良い僕に「小説を書いてよ」と無茶振りをしてきた。冗談で言っているとは思うが、僕は聖良の言葉を本気にして、物語を書いてみた。
次の日、徹夜して考えた話を持っていくと、聖良は驚きながらも嬉しいに微笑んでいた。読み終えると、「面白かった!」と感想を言ってくれる彼女の表情が好きで、僕は毎日、新しい物語を考えては毎日届けるようになった。
「あのさ……」
「なーに?」
彼女は能天気にも、紙に視線を落としながら、生返事をする。
「病気は良くなっているの?」
顔を上げ、僕の瞳をじっと見つめる。真剣に言っていることが伝わったと思うが、聖良は表情を崩しながら、
「あはは、大丈夫だよ! 今は病弱なヒロインって感じだけど、五年後にはキリキリ働いているキャリアウーマンだから」
「……そっか」
「もう、なにさ! 辛気臭い顔しちゃって。大丈夫だから。伊吹の聖良ちゃんは、急にいなくなったりしないから。一度でも嘘をついたことあった?」
そう言う彼女は屈託ない笑顔を浮かべているが、どこか儚さが見え隠れていて。
嘘をついたことがないって言っているけど、何度も何度も、上手くいかなくて。
その度に聖良が一番辛そうにしているのを知っているので、僕が泣くなんて許されない。
「じゃあ、またくるよ。面白すぎて、夜更かしするなよ」
「言ってろ。じゃあ、また明日ね、伊吹」
「おう、明日な」
◇
後日、学校で授業を受けている時に、聖良の訃報が入った。
彼女は僕が書いた小説を握ったまま、なくなったらしい。
「伊吹君。これ聖良から……」
それは手紙だった。僕はすぐさまに手紙を開いて、一枚の紙を取り出す。
『伊吹へ
この手紙を読んでいるということは、私はこの世にはいないでしょう。
なーんて、辛気臭い手紙なんて書きません。
どうせ愛しの聖良ちゃんがいなくなって、心底悲しんでいるでしょ?しょうがないやつだなー。いっちょ蘇って、慰めてあげようか?
ふざけるのもこれくらいにして、真面目な話。
私がいなくなったら、放課後の時間を、友達と遊んだり、それこそ気になっている子とデートに行ったりして下さい。
ずっと、私のために小説を書き続けてくれてありがとう。凄い楽しかったよ。
伊吹の作る物語は面白くて、綺麗で、温かい。
何度繰り返し読んだって飽きません。なのに、毎回新しい物語を持ってくるから幸せでした。
伊吹の物語を私だけじゃなくて、世界の人に向けて書いてください。きっと救われる人は沢山いるから。
そして、今まで使ってくれた時間以上に、私より素敵な人を見つけて使ってください。
まぁそんな人、そうそう居ないと思うけどね!
伊吹なら幸せになれるよ。
最後に、
笑って。泣いてお別れなんて嫌だからね! 笑ってお別れして下さい。
聖良より』
「最後までしょうがないやつだな……」
我慢しようと思っても、声は震えて、頬には何かが伝って落ちていく。けれど、僕は泣いてなんかいないよ。
精一杯の笑顔を作って、彼女を弔った。
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