6.親父の背中はもう小さい

 建物と建物の間には、畑が存在していて、町を歩く人の姿を見当たらない。コンビニなんて一軒もなくて、良いところと言えば、海が遠くまで見えることと、星が綺麗に映ることくらい。


 点と線しかない町。十八年間育ってきた町は、そんな印象だった。



 久しぶりに地元に帰ってきた。


 大学に進学した後が、夏休みには課題が忙しい、大晦日でさえバイトの給料が良いからと、何かと理由をつけて、実家に帰ることを拒んでいた。



 帰りたくない明確な理由があったわけではないが、親父に会いたいとも思わない。普段は口を開かないくせに、進路や将来のことに対しては、嫌味な一言を投げつけてくる。



 大学三年生の大晦日。そろそろ就活が始まってくるし、実家に顔を出していないので、久しぶりに顔を出そうと思った。



 バスから降りると、家までは十分とかからない。通学路に使っていた道に歩いていると、懐かしさが込み上げてくる。このシダレヤナギの前で、よく友達と待ち合わせをしていた。



 実家が見えてくると、心臓が強く主張をしていた。落ち着こうと、玄関の前で一呼吸をおいてからドアのぶに手をかける。



「ただいま」



 出来るだけフラットな声色を意識して声を出すと、リビングから足音が響く。顔を覗かせたのは、母親だった。



「お帰りなさい。帰ってくるまで長かったでしょ? 最近大学にはちゃんと行っているの?」



 矢継ぎ早に質問をする母親を軽くあしらいながら、リビングに向かった。そこには定位置とばかりにソファに座りながら新聞を広げている親父がいた。もう昼でさえ過ぎているのに。



「……ただいま」


「……おう」



 淡白な返事だったが、それはいつも通りだ。


 後ろから見る親父の背中は、想像していた時よりも一回り小さくなっていた。



「ご飯はそろそろ食べる? どうせ夜になったら、友達のところへ遊びにいくんでしょ?」


「そうだね。じゃあ、すぐに食べようかな」



 俺は親父と対角になる位置に腰を下ろす。母には事前に着きそうな時間を言っていたので、軽く温めるだけで料理が完成しそうだ。



 親父との会話がないまま、俺は普段見ることのないテレビを眺めている。



「お酒飲むでしょ?」


「ああ、もらうよ」



 缶ビールとグラスを受け取ると、次々と料理が運ばれてきた。お正月感はないが、実家に住んでいた頃に、俺が好きだと言った料理ばかり並んでいる。


 口に運ぶと優しい味が広がった。普段は半額シールがついた惣菜ばかりに食べているせいか、やけに美味しく感じた。



 テレビを見ながら食べ進めていると、缶ビールは何本も空になっていて、親父は顔を真っ赤にしていた。


 もともと親父は酒が得意ではないが、今日は飲みたい気分なのか、ペースが早いように感じる。


 掠れた小さな声が、親父の方から聞こえてきた。


 


「就職はそろそろか」


「うん、そうだよ」


「ちゃんと考えて選べよ。根性がないんだから、すぐに辞めたら、会社に迷惑がかかるからな」


「言われなくても、わかってるよ」



 酒が入ると親父は饒舌になる。いまだに子供扱いに腹が立ってきて、親父に勝負を仕掛けようと思った。



「親父、ちょっと立って見て」


「なんでだ?」


「いいから」


 


 渋々といった様子だったが、無理矢理立たせ、親父と肩を並べる。明らかに俺の方が高い。


 高校生の頃は、比べようとすらしなかったが、酒が入っているせいか、気が大きくなっていた。



「ほら、俺の方が身長高いだろ?」



 煽るように言ってやると、親父は口を何度か開閉させたが、言い返す言葉が見つからなかったようで、そっと視線を逸らした。



「腕相撲やるぞ」


「別にいいけど……」


 


 息子に身長を越されたことが、よっぽど悔しかったのか、今度は腕相撲で勝負をするつもりだ。熱くなっている親父を止めようとはせず、母親は微笑んでいた。



 料理を端に寄せて、腕を組む。親父の手は歳のせいか乾燥していて、ひどく硬かった。



 母親の合図ともに、力を入れると、親父の手の甲はあっという間にテーブルに付いてしまう。



「……負けたか」



 親父は悔しがっているように振舞っているが、俺は不思議と嬉しそうに見えた。

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