第2話

翌日、昼までにはもう帰る支度をしなくてはならないことを見越し、私たちは朝一番に神社に向かうことにした。


家から十五分ほど歩いた先、道から外れた竹林の中に件の石段はあった。

十数段見上げた先にある鳥居の黒ずみや注連縄の朽ち具合から察するに、Aの言った通り相当昔に建てられたものなのだろう。


涼を運ぶ穏やかな風、木洩れ日、鳥の声、そしてこの神社の荘厳な趣が心を満たしていったが、今からやろうとしていることを思うと途端に気が滅入った。


そんな私の気も知らず、Aは意気揚々と「検証手順」について話し始めた。


まず、階下から全員で石段の数を数えた後、実際に上りながら数を確かめる。

上るのは私とBで、Aは下でもう一度、私たちが上っている歩数を数えつつ映像に収める。

そうすることで、主観的に客観的に実証できるだろう、というのだ。


まるで検証のようだが、特に異存はなかったため私とBもそのやり方に賛成した。



早速全員が視界に石段が収まる位置まで下がり、声をそろえて段数を数えていく。


一度目は私とBはきっかり四十八で数え終わったが、よりにもよってAが間違え、揃わなかった。

もう一度最初から数え直すと、今度は全員四十八段で一致した。


これでこの石階段の段数は全員で確認し、数の認識も同じになった。


次に、実際に階段を上るため、私とBが階下に並んだ。


私はBの腕に手をまわして体をぎゅっと階段の端に引き寄せた。

参道の中央は神様の通り道であり、参る際は避けて通る場所とも言われる。

拝礼目的ではなく、怖いもの見たさでの来訪していることを地神に見透かされていることが怖くなり、せめて細心、敬意を払い、機嫌を損なわないようにしたかった。


Bは一度私と組んだ腕をほどき、上っている側からも記録に残した方がいい、スマホで足元を撮影しはじめた。

抜け目なく、多少のことで動じない彼女だが、今は普段より少しだけ緊張した面持ちをしているように見えた。


準備が整うと、Aが見送る中、私とBは二人三脚のように一緒に一段目に足をかけ、

ゆっくりと数を数えながら階段を上っていった。


「「一、二、三、…」」


しばらく進むうち、急に足元が薄暗くなった。

下から見上げたときの印象以上に、竹藪が日の光を遮り、参道に影を落としていたのだ。

また、その竹は階段の両側に奥の方まで見通せないほど密に群生しており、どこかで何かがこちらを見つめているのではないかと思わせるような不安を煽る趣があった。


囚われれば恐ろしくなるばかりなので、私は視線を正面に戻して作業に集中した。


「「二十四、二十五、二十六…」」


おおよそ半分を過ぎたあたりまで来た。

お互いの腕の触れ合った部分が、少し湿り気を帯びてくるのを感じた。


「「三十九、四十、四十一…」」


残り十段を切った。


答え合わせの時が刻々と迫る。

もう少しだ。

そう思うと急に焦燥感のようなものが押し寄せてきた。


数える声も震え出す。


「「四十二、四十三、四十四…」」


次の四十五からBの声が消えた。


理由はわかっていた。

きっと、ずっと視線を落としていたスマホの映像も、それを捉えたのだろう。

私も同じ事実に気づき恐怖していた。



あと三段しかなかった。



「四十五、四十六、四十七。」



本当にAの話した通りになった。


私はくっついていたBから離れ、振り返って意味もなく置いてきた一段を探したが、

途方に暮れて嘘だなんだと小さく呻きながらしゃがみこんだ。


Aの話を信じていたし、実際その通りになっただけではあったが、怪奇現象に自ら遭遇したことが内心ショックだったのだと思う。


一方のBは終始無言のままで、撮れた動画をチェックしているようだった。

取り乱している様子もなく淡々としていたが、それが強がりなのか生来図太いだけなのか、その心中は伺い知れない。

一通りの確認を終えたのか、スマホをしまい、傷心の私を気にかけながら、とりあえずお参りだけしていかないかと誘った。


社の前で念入りに無作法を謝罪した後、二人でもと来た道を引き返した。

流石に下るときはもう一度数えようとはお互い言い出さなかった。


妙な感覚だった。

強い恐怖はないが、釈然としないもやもやとした不安感と気持ち悪さが胸に澱んでいるような。



上る前は確かに四十八段だったはずなのに、なぜ一段足りないのか。

間違いなく一段も飛ばさず上り切った私たちは、いったい「どこ」を踏んでしまったのだろうか。


自問自答しても答えは林の闇に吸い込まれるばかりだった。

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