神隠しの一段
月輪話子
第1話
ホラー小説の公募に寄せて。
実のところ、私自身ホラー小説なんてろくに読まない。
数年前に買った『天使の囀り』は未だに本棚で眠ったままだ。
加えて文才もなく、拙筆と貧弱な語彙により小説とも呼べない文章になるかもしれない。
ただ、キツネにつままれたような経験には一つ心当たりがあるので、今回筆をとることにした。
九死に一生を得るような怪奇現象との戦いとか魑魅魍魎の目撃談ではなく、あくまで霊的体験だが。
他の作家お歴々のようにきれいに取りまとめることはできないことも織り込み済みで、当時の体験とありのまま感じた内容を記録として残しておこうと思う。
あれは大学時代、夏休みに友人Aの故郷に遊びに行った時の話になる。
――断りとして、書き記すにあたり、個人や地名を特定できる表現は一切伏せる。
それを体験した私は十年近く経った今でも霊障や不可解な現象等とは無縁のため、恐らく一読しただけで、読んだ人間に何かが降りかかることはないとは思うが、主観を多分に含む形で出来事を書き綴るつもりなので、万が一、名誉や風土を中傷する、もしくは誘導するような表現に及んだ場合のリスクヘッジをしておきたい。
閑話休題。
私と連れのBは、新幹線を降りた後、電車を三本バスを一本乗り継いでAの家に向かった。
Aの実家は田園風景のどかな田舎町にあった。
昔からキャンプや登山が好きだった私は、緑豊かな光景に感服し、Aにせがんでいろいろな場所を案内してもらい、渓流釣り、山菜狩り、天然温泉、満天の星空等をさんざん堪能した。
インドア派のBは最初こそ乗り気でなく、無理を押し通してしまったのではと多少の申し訳なさを感じていたが、最後には私と同じくらいには、はしゃいでいたように見えた。
旅行中は好意でAの家に寝泊まりさせてもらっており、空き部屋を借り、夜はそこで三人で雑魚寝をしていた。
毎日くたくたになる程遊んでいたが、若さ故かすぐに寝つくこともなく、うるさくない程度に声を絞り、夜中まで他愛もない話に花を咲かせた。
旅行最終日の前日の夜、Aはこの地域で有名な怪奇現象について語った。
ここからさほど離れていない場所に土地神が祀られた古い神社がある。
その参道には四十八段からなる石段があるのだが、上がりながら数を数えると必ず一段足りないのだという。
単なる数え間違いだろうと訝しむ人もいたが、自身を含めた過去の利用者全員が口をそろえて四十七段しかなかったと明言する状況に、口をつぐむしかなかったそうだ。
そのため、その参道は「神隠しの一段」と言い慣わされている。
オカルトは趣味でないだろうと思っていたし、面白がって心霊スポットに行くようなタイプでもないAがこの手の話をするのは少し新鮮だった。
そんな彼女の熱を帯びた語り口から察するに、要は明日はそこに行ってみないか、というお誘いだろう。
正直、私は肝試しの類がそんなに好きではなかった。
霊感もなければ、過剰に忌避するほど神経質なタチでもないが、そういった説明のつかない超常現象が存在すること自体は信じていたし、もし面白半分でつついてバチでも当たるようなことがあればたまったものではないと、極力は避けるようにしていたからだ。
そのため、話に相槌を打つ傍らどういった返事をしようかと逡巡していた。
Bも決めかねていた様子だったが、私が行くなら…と決断を私に委ねて茶を濁した。
その後、一時間近く談笑した後、全員が寝落ちる直前には腹を決めて、結局行く返事をした。
流石に祟られるような場所をAがすすめるはずはなく、本人も何度も上っていて今まで何もなかったようだし、身の危険を感じるような出来事は恐らく起こらないのだろうと踏んだ。
…恐らく。
後は心一つだが、数少ない友人の誘いを袖にすることと天秤にかければ私の不安感などはちっぽけなことに思え、ここはいい返事をしておくことを決めたのだった。
このあと後悔することになるとも知らずに。
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