青の音色は

 何度も、何度も、何度も、描き続けた。

 幾つもの音を重ねて、連ねて、並べて、繋げていく。けれども、何かが違った。いや、全て違うのかも知れない。

 そんなこと分かっていたとしても、僕はあの日の光景を、もう一度見てみたい。ただそれだけだった。


 万年筆を手に取る。


 その日は晴れ時々曇りだった。

 遠くに浮かぶ入道雲はゆっくりと西へ運ばれていき、頭上に漂う羊雲も小波に乗せられて西へと向かっていく。白の間に見える澄んだ夏の空はどうしようもないくらい青く、淡く、綺麗で、目眩さえ起こしてしまいそうなほど。

 ベースラインは背景。軽快なリズムがいいのだろうか。それともゆっくりと流れるリズムがいいのだろうか。

 思いつくまま五線譜の上に描いてみてはゴミ箱へ投げ入れ、真っ新な楽譜を取り出した。


 鍵盤蓋を開ける。


 その日は暑かった。

 湿気の多く、頬を掠める微風さえも少し熱を帯び、地面からは熱が反射して安らぎなど感じられない。そんな蒸し暑さは嫌だったが、不思議と悪くなかった気がする。空気を震わせる爽やかな声音は、気温さえも虜にしてしまい、聞く人の心までも揺さぶった。

 主旋律は色使い。単一のメロディに様々な音を重ねて描いてみるべきだろうか。それとも単一のメロディをリズムから外して描いてみるべきだろうか。

 頭に思い浮かんだままに鍵盤を叩いてみてはすぐに書き換え、もう一度鍵盤を叩いた。


 作り上げた楽譜で演奏する。


 けれども、何時になってもあの景色を描くことは出来ない。

 記憶の中にある、あの人との大切な思い出の景色を。

 青い日の景色を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る