第5話 初登校は緊張する
今日は初めて高校に登校する。天国のお婆ちゃん、私の気分は最悪です。どうすればいいでしょうか……お婆ちゃん死んでないけど。こんな藁にもすがる思いでなければやってられない。
小学校や中学の初登校の時はあんなにもウキウキしていたのに何故こんなに最悪なんだ。いや、理由なんて一つしかない、事故ったせいで丸一ヶ月遅れの投稿になるからだ。
既に出来たグループの中に入りにいく……絶対に出来ない。同じぼっちを探して話しかける……絶対に出来ない。うーん、俺の青春ぼっちが決まったなあ。嫌だな、行きたくないな。
沖ノ星高等学校──海なんて近くにないのに沖という名を冠するこの高校は日本でもかなり上の方のマンモス校で、建物は何と五階建てだ。それだけ人数が居る所為で学力は近場の高校と比べると真ん中ぐらい。馬鹿もいれば、頭が良い者もいると、玉石混交な高校だ。──因みに俺は前者だ。
そんな高校の入り口に立った俺の手は汗でびっしょりで足も若干震えている。踏み込もうにも頭がそれを拒否してくる。これ以上進むめば、ぼっち生活の始まりだ、逃げるなら今のうちだと。
「そんでさー、あいつマジありえないのー」
「えー、それマジ? ウケるんですけど」
不意に背後からドンと当たられて、あれほど拒んでいた一歩をあっさりと踏み込んだ。
ギャルの嬢ちゃんはありがたいけどありがたくない事をしてくれた。いや、そもそも玄関の入り口に突っ立っていた方が悪いんだけど。
踏み込んでしまったら行くしかない。事前情報を頼りに自分の下駄箱を探す。というか、この高校の下駄箱は扉があるのか、今時珍しいな。
もしかしたら、ラブレターの一枚や二枚貰ってしまうかもなぁ……って、てめえに限ってねえよそんなこと。
上靴に履き替えて職員室に寄った後、目的地は一年四組の教室。事前に場所だって調べたし、目を瞑ってもいけちゃうね!
心臓バクバクでテンションがおかしくなりながらも、教室にたどり着いた、たどり着いてしまった。
教室に入るや否や誰だあいつ、という目を向けられて、背を丸めて縮こまりながら席にたどり着いた。周りからコソコソと声が聞こえる。
引きこもりが来ただの、陰キャオーラがやばいだの、好き勝手に言ってるんじゃない、怒るぞ。
「なあ。お前が入学初日に事故ったっていう湊か?」
「ッ!?」
「ハハハ、そんなに驚くなって」
俺は席に着いて教科書を出したり、必要なものを引き出しに突っ込んでいた。そちらにしか意識が向いていなくて、正面から人が近づいて来ている事に気付かなかった。
「あ、ああ。確かに俺はその湊で間違いない……と思う。フルネームは湊柊仁だ」
「俺は神代照示、よろしくな」
神代照示──茶髪を遊ばせた切れ長つり目のイケメン。運動部に所属しているのかしつこくない程度にガッシリと筋肉が付いている。あれ?どこかで見たことがある様な……。
「湊は面白そうな雰囲気がするな。他のつまんねぇ奴らと違って、俺の高校生活を楽しくしてくれそうだ」
「そう……? それなら、これからもよろしくして欲しいけど」
何の根拠を持ってそう言っているのか分からないが、友達になってくれるのならば大歓迎だ。
今日の目標──目の前の男を捕まえてぼっち回避に設定。
「勿論さ。俺が遊び飽きるまで、絶対に離さねぇ」
「遊び飽きても離さないでほしいけど……」
早速、ボッチ回避に成功したらしい。
俺って超幸運、ありがとう照示。──ただ、一つ言いたいことがあるとしたら圧が凄い、イケメンの圧がやばい。
「おはよう、皆の衆。今日もいい朝だな」
とても久しぶり──いや、人生初と言っても良いくらいの友に質問攻めをされてタジタジしていると、このクラスの担任──銀堂金が教室に入ってきた。
金なのか銀なのか銅なのかよく分からない名前だと改めて思う。まあ、銅は銅ではなく堂であるのだけれど。
銀堂先生とは初めましてではない。と言っても対して深い関わりはなく、さっき職員室に寄って挨拶をした程度であるけれど。
「うむ、初めての欠席者ゼロで嬉しい限りだ。なんやかんやあって今日が初登校の湊とも、仲良くしてやってくれ」
教室の注目が金先生の目線の先にある僕に向く。どうして中学の時は周りから見られる事は平気だったのに、今はこんなにも視線が怖く感じてしまうのだろうか。──厨二病だったからか。
あの時の俺ならばここで一発、偉そうな自己紹介でも披露して、教室中からドン引きされていただろう。あの時の俺メンタル強すぎない……?
そんな昔とは違って、周りに軽い会釈だけを済ませて銀堂先生に視線を戻そうとした。
その時、不意に一人の女子と目が合った。彼女はサラサラとした髪を揺らしながら、理知的で且つ、可愛らしい表情をこちらに向けて、ふわりと微笑んだ。
その微笑みはどこか他の人のそれとは異なる魅力があった。
「今日は特に何もない普通の日。その普通の中から特別を見つけ出せるような一日を目指してほしい、以上だ」
神々しいまである微笑みに焼かれた俺は、銀堂先生の話が終わった後も惚けたままであった。
「
そんな俺の様子を察してか、神代君は突然そんな事を言い出した。
「そんな、物話の登場人物みたいな人なの? あの人」
というか相反する二つすぎるでしょ、怪盗と天使って。
いや、恋心を盗む、天使の様な美少女って意味なんだろうけど。
「ああ。あれに振られた人は数知れず。俺ですら落とせなかったんだから相当だな」
「神代君のその自信はどこから来るの……?」
朝礼前の話でも女経験豊富そうな事を言っていたが、乱れているのか……。この世の若者は乱れているのか……!?
「神代じゃなくて照示って呼んでくれ。苗字はあまり好きじゃない」
「そう……なんだ。なんかごめん」
照示の顔が一瞬曇った様な気がした。何かある事は間違いなかったが、今はまだそれに踏み込めるほど俺たちは親しいわけじゃない。放置する以外に道はない。
「まあ、そんな事はどうだっていいんだ。天使についてどうするんだ? 告るのか?」
「いや、告らないよ! 別に好きになった訳じゃないよ」
「まあまあ、落ち着け。よく見てみろって」
教室の後ろで明らかなカーストトップグループで談笑する一さんに、照示は顎で視線を向ける様に誘導してくる。
俺は怪盗天使こと一さんよりも、そのグループの近くで座っている生徒に目が入った。
グループの溜まり場の真前の席に座っている子、可哀想だな。ガヤガヤと後ろでされている所為で、あんなに身を縮こませていないといけないんだから。同情……は別にしないか。
同情はしないと結論を出した俺は、改めて一さんに視線を移した。
それにしても本当によく手入れされた髪だ。あれにはいっそ芸術すら感じる。あの絶対美を前にしてはルネサンスも終わるだろう。
「背丈が小さく、発育がいい身体。ちょっと不健康なくらい細いが、それもまた魅力の一つ。笑った時の柔らかい表情と何もない時のキリッとした顔のギャップ。そして何よりあの人を引き寄せる性格。何人の男子が勘違いを起こして玉砕したのか、分からない」
今だって俺たち以外にも、複数の男子の視線が一さんに集まっている。話の通り、相当人気なのだろう。
「まあ、凄い魅力的だよね。髪とかサラサラだし」
「そこで髪に目がいくとは中々特殊だな。──くぅぅ、俺のものにしてやりたかったんだけどな」
そう言う照示はどうでも良さそうな声色で、悔しがっていたのは内容だけだ。本心ではなのだろう。
この様子を見るに本当に女経験が豊富で、相手もいるのだろう。照示が放っているのはそういう人の持つ独特な雰囲気だ。
「っと、授業が始まるな。数学教師は予鈴がなるまでに席ついてないと煩いから注意な」
別れる様に言ってはいるが、席は名簿順であるから真後ろだ。僕らは授業が始まるギリギリまで駄弁っていた。
★☆★☆★☆★☆
「何だったんだ今のは……」
中学の時よりも断然早い授業スピード。ミミズが張った様なヘナヘナな文字。そのくせ待ってくれない数学教師。そして、授業が全く分からない俺。
一ヶ月授業が遅れているという原因もあるが、中学の時に真面目に授業を受けていなかったせいで当時の内容が全く分からない。よくこれでこの高校に受かったな俺!
「湊は勉強が出来ないのか。当然か、授業だって遅れているし。──どうだ、俺が教えてやろうか」
「頼む、照示……。このままじゃマズイ」
即断即決。この申し出、断るわけがない。
ただでさえ、中学の時の積み上げがゼロに近いのだから、一人で勉強するのだったらいつまでかかるだろうか?
「ふむ、どの辺から教えればいいんだ? 今回の授業の二次関数か?」
「いいや……。一次方程式から教えてください……お願いします」
「え゛っ」
──湊柊仁、高校一年生。
学力レベル、中学一年中盤。
原因、厨二病期に授業を聞かず、永遠と魔法陣を机に彫っていたから。
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